第一話
王は頭を下げている。王妃や周りにいる王の仕えたちも同じだ。
ぼくは溜息をつく。なんて情けない姿なんだろう、と思う。
君の力を今こそ正義のために振るってくれないか。
王がぼくに依頼したのは、現在各地で殺人を行っているチャオたちの討伐であった。チャオたちは動物をキャプチャし、その力で人を殺めているのだ。国に仕える兵士からも犠牲者が出ていて、もはやお手上げという状態のようだ。
そんな状態でもなお依頼を任されるぼくは、チャオたちと同じく殺人者であった。とはいっても、今は時効のお陰で普通の生活をしている。だが、一時期は捕まえることもその場で殺すこともできない連続殺人鬼として恐れられた身だ。そんなぼくに国から依頼が来るなんて、本当に情けないものである。
しかし、ぼくに依頼する理由もわからなくはなかった。ぼくが起こした連続殺人と今回の殺人の被害者には共通点がある。それは、チャオを飼っているということであった。王は、似た動機からチャオの飼い主を殺しているのではないかと推測し、漠然と解決を予感しているのだ。
「報酬はいくらでも出す。頼む、君しかいないんだ」
ぼくに依頼しようという案にたどりつくまでに、あれしかない、これしかないと試行錯誤していたくせに、ぼくに向かって君しかいない、だなんて、ふざけている。しかし、これはぼくにとって大きな転機となる可能性があった。承諾するには、それだけで十分であった。王たちは喜んだ。兵士も共に向かわせようともいわれたが、ぼくには必要なかった。
その日、古ぼけた家に帰ると幼馴染の怜が迎えてくれた。当然、王に呼ばれたということは知っているので、心配の色を顔に浮かべている。
「チャオを討伐してほしいそうだ」
ぼくがそういうと、彼女は緊張を漂わせた。彼女はぼくが殺人を犯した動機を知っている。それだけでなく、逃亡生活中もずっと共にいてくれた、ぼくのことを誰よりも理解している人間だった。
「引き受けたよ。アキトも見つかるかもしれない」
アキトはぼくたちの友達の野良チャオであった。しかしもう何年も前に姿を見せなくなってから、一度も再会していない。そしてぼくが殺人鬼になった理由は、そこにあった。
アキトはチャオが飼われる存在であることを嫌っていた。あくまで人間と対等であり、社会もそう動くべきだと考えていた。しかし現実としてチャオはペット以上の権利は持たず、またそんな現状に満足しているチャオたちをも嫌っていた。そんな中、やはりというべきか彼はいなくなったのだ。
ぼくと怜とアキトは親密な関係であり、また他に親密な関係を持たなかった。ぼくと怜にとってアキトの存在は大きかった。だが、アキトにとってぼくと怜はそうではなかったのかもしれない。それでもぼくはなんとしても取り戻そうと思った。その結果、ぼくは飼われているチャオを飼い主から開放することで、アキトの夢を"手伝った"。アキトはぼくを認めて、帰ってきてくれるかもしれない。しかし、彼は結局戻ってこなかった。
「いいの?」
怜がいいたいことはわかっている。怜はぼくにチャオを殺すことができるのか、と聞いているのだ。
「現状を打破するということには、当然犠牲はあるものだよ。あのときみたいにね」
「そう」
彼女はそういうと、ゆっくりと立ち上がって自分のナイフを手に取った。
「わたしも行く」
「わかってる」
ぼくも自分のナイフを手に取り、その感覚が錆びていないことを感じ、家を出た。