4 混沌因子と、無限の生命と、僕達の未来と

 今僕達のいる場所はとても有名な場所だ。
 かつてチャオの生態を明かす為に多くのブリーダー達が集った場所、チャオガーデン。
 現代ではその機能は完全に果たされているわけではない。チャオという存在が一般社会へと流れこんだ現代では、人工島に設立された養育施設というものは需要がない。それに加え、この人工島ほどの設備が手頃に普及し始めているのも要因の一つだ。
 だが、この人工島の設備は一般普及しているものに勝るとも劣らない。
 つまり、僕達がここにいるという事はとても重大な事なのである。


「さて、私は今とても困っています」

 そういうわけで、チャオガーデン付属施設であるチャオ幼稚園の保健室。
 いやぁ懐かしいですねぇなんて暢気な顔をしているくせに、お医者チャオさんはそんな口元の渋うい言葉を吐いた。
「えーっと……一応聞いときますけど、何故です?」
「何故って、あなたの事を叱るべきか感謝するべきかですよ」
 ちなみに、僕の後ろには金髪の看護師さんもいた。表情までは見えないけど、睨んでないよな。
「ははは……これまた、どうして?」
「聞く必要がお有りですかな?」
「正直すまんかった……」
「素晴らしく誠意のない言葉ですね」
 後ろから辛辣な言葉が飛び出してきた。睨んでんじゃね、やっぱ。
 だがまあ、怒られて当然とも言える。無断で患者を連れ出したのだ。しかも、看護師たる者が。
 しかし、お医者チャオさんが激しく叱咤しないのには理由がある。僕の愚行で、患者の命が救われたからだ。


 あの噴水で僕が見つけた卵は、やはりというかあのコドモチャオのものだった。
 次の日、僕が病院へと卵を持ち帰ったと同時にお医者チャオさんに見つかり、そしてそのタイミングで卵が孵った。
 検査の結果、それはごく普通の健康体のチャオだった。
 だが不思議な事に、その卵から生まれたチャオと患者のコドモチャオのDNAが一致しなかった。だから、最初は連れて帰ってきたチャオが患者だとは信じてもらえなかった。
 そんな僕の証言の裏付けをしてくれたのは、金髪の看護師さんだった。
 実は僕が病院から抜け出す姿を偶然見たという彼女は、タクシーで僕達の後をつけていたらしい。そして、あの噴水フラッシュな現場に彼女も同行していたと言うのだ。
 その他にも一般の観光客達の証言もあって、僕の証言を信じてもらう事ができた。

 だが、厄介なのはその後だ。
 何故このチャオは転生する事ができたのか。あの時噴水で何が起こったのか。DNAが一致しない理由はなんなのか。
 過去に前例のないこの事態に、緊急で有名なチャオブリーダー達を集めてスタッフを結成し、謎を追求する事になった。
 そのメンバーときたら、なんと豪華な事か。チャオの教科書とも言える書物を作った人物、チャオの進化図を完成させた人物、幻のカオスチャオという存在を見つけ出した人物等々、こんな伝説のチームは二度と見られないんじゃないかというレベルだ。
 そして僕は、そのついででありながら重要参考人としてこの案件に参加する事となったわけだ。


「で、研究の方は進んでるんですか?」
 これほど豪華なスタッフに囲まれながら、僕のしている事はチャオの世話係だった。あの病院に居た頃となんら変わりない。後ろの看護師さんもちょくちょくお手伝いしてくれるが、本業は別だというのだから不公平だ。どれだけ優秀じゃないんだよ僕って。
「はっきり言って、進展はありませんね。当然とも言えますがねー。チャオの転生という奴は転生前の状態というものがほとんどわからなくなってしまいます。だからこそ、君にはチャオ医学のハードルは高いんでしょうね」
 剣のような言葉が、僕の胸をさっくりと貫いた。
「しかも今回は事情が事情です。あの患者……いえ、あの子の今の個体情報は無きに等しい。手がかりという手がかりがないんですよ」
 はあ、としか言えなかった。
「つまり、何もわからないと?」
「まぁ、そういう事になりますねぇ。……ただ」
 急に座り慣れた椅子から降りたお医者チャオさんが、机の引き出しの中にある資料を漁り始めた。
「思い当たる節はあります」
「え?」
「これを見てください」
 僕に手渡されたのは、一枚のカルテと論文だった。
 カルテの方は、至って普通のチャオの事が書いてあった。能力も平凡、健康状態も至って良好。しかし、おかしな点が一つあった。
「あの、このチャオの親は?」
 親の項目に、何も記載されていない事だった。
「いません。恐らくは」
「恐らく? 何故です?」
「その理由が、その論文です」
 言われるがままに、一緒に手渡された論文に目を通す。
 題名は『チャオの起源』。その内容には、興味深い単語がいくつも羅列していた。
 CHAOsインパクト。水面噴火。糧の原生生物。混沌因子。カオスエメラルド。
「ある日、とある有名な大学生徒が書いた論文です。といっても、全て机上の空論ですが」
「はあ」
「注目点は、これとこれです」
 そう言ってお医者チャオさんが指差したのは、混沌因子とカオスエメラルドだった。
「まさか、あの子が転生したのって……」
「流石、わかってますねぇ」
「え? え?」
 まるで初日のような展開に、僕はまたも置いてけぼりにされてしまう。というかこの二人、ひょっとしてわざとじゃないだろうな。顔笑ってるぞ。
「カオスエメラルドですよ」
「エメラルド?」
「そうです。今はどこに消えたかは知りませんが、調査の結果あそこにカオスエメラルドがある事がわかりました。おそらくはその力によるものです」
 信じ難い言葉が飛び出した。あの光の正体は、カオスエメラルドだっていうのか。
「前にもステーションスクエアに展示されてた時期がありましたねぇ。謎に包まれた無限のパワーの源、でしたかね」
「あの、どうしてカオスエメラルドが?」
「どうして、とは?」
「えっと、なんであそこにあったのかとか、どうしてカオスエメラルドがあの子を」
「わかったら苦労しません……と、普通なら言うところですが」
 得意気に椅子に飛び乗り、実に複雑そうな顔で楽しく語り出すという究極の矛盾をやってのける。
「そこで、その混沌因子が出てきます」
 混沌因子。僕には聞き覚えのない言葉だ。一応看護師さんの顔も窺ってみたが、おそらくは僕と同じ反応だ。
「カオスエメラルドは出所不明の莫大なエネルギーを生み出すと言う噂ですが、はっきり言ってそのテクノロジーは謎です。しかし、一つわかっている事があります。それは、生物がそのエネルギーを引き出す為の適正です」
「適正、ですか?」
「はい。それが混沌因子というものです」
 悪いけど、さっぱりわからない。という表情をしたら、お医者チャオさんにプークスクスと笑われた。非常にムカつく。
「近年まではこの論文で提示された説は否定されていましたが、この机上の空論を裏付ける出来事が起きましたからね」
「なんですか、それって」
「セントラルシティをめちゃめちゃにした、ブラック彗星です」
 吹いた。
「はぁ!?」
 次いで、叫んだ。
 知らない人の為に説明しよう。
 かつてセントラルシティを中心に、謎の武力集団が謎のガスによるテロを行った。後に政府が公表した情報によると、黒の軍団と名乗る宇宙人の仕業という事がわかった。
 しかもこいつには、50年前に不老不死研究を行っていたプロフェッサー・ジェラルド・ロボトニックも絡んでいる。
「それが、どうチャオと関係するって」
「簡潔に言ってしまえば、ジェラルドは不老不死の研究の為にカオスを研究していた事が明らかにされています。彼が作り上げた人工カオスという生物が、それを示しています」
 だんだんと話の規模がシャレにならなくなってきた。ひょっとして僕、ヤバい事に片足突っ込んでるんじゃないか?
「その事件で英雄となり、その後政府のエージェントとして働いてると噂のシャドウ・ザ・ヘッジホッグ。彼の身体的特徴は、その黒の軍団の化け物達と類似する点が多い事もわかりました。……が」
 急に椅子をくるくると回転させ、回りだしたお医者チャオさん。何事かと思「ああ、すいません。ちょっと疲れただけです」うんじゃなかったわ面倒くせぇ。
「驚いた事に、私達チャオと類似する部分があることも判明しています」
「それが……混沌因子ですか?」
「理解が早くて助かります」
 ぐるぐると回転する椅子の勢いが、このあたりで弱まって停止した。
「わかりやすく言ってしまえば、混沌因子はカオスエメラルドの力を引き出す為に必要なおのです。私達チャオには基本例外なく備わっている因子の為、誰も存在を重視しませんでした。しかし、有名人のシャドウさんにこの因子が備わっているとあれば、話は別です」
 と思ったら、またぐるぐると回りだす。表情だけがいつもと変わらない。ひょっとしてこの人仕事したくないから動作に現れてるんかな。
「それに、かのソニック・ザ・ヘッジホッグもカオスエメラルドの力を引き出せます。つまり、彼もまた混沌因子が備わっているという事になります」
「じゃあ、あの子は……」
「キャプチャー能力こそありませんでしたが、混沌因子をうまく使ってカオスエメラルドから力を得たんでしょうね。それが何故、転生という形で現れたかは……おっとと」
 落ちそうになって、その後の言葉は続かなかった。まぁ大体わかったからいいんだけど。
「一説挙がってるんですけどね」
 挙がってんのかよ、謎で締めくくられると思ったわ。

「さて、チャオの身体の大半は何で構成されていますか?」
 初日と同じような補習的講座が唐突に始まった。もちろん、答えるのは僕だろう。一応後ろにいる看護師さんの顔も見てみたが、僕のことをじーっと見ている。
「約95%、水」
「はい、正解」
 安心の溜め息が漏れた。僕の知識の限界が知れるな、こりゃ。
「実際にはそれ以上の場合が多々だったりしますが、まぁそんな程度です。人間の幼児よりも多い割合ですから、水の精霊とはよく言ったものですよ」
「はぁ……それで?」
「はい?」
「それが、何か?」
「これで終わりですが」
 盛大にずっこけた。
「いつ見ても君のリアクションは飽きませんねぇ。看護師になんかならないで、芸人やタレントにでもなれば良かったじゃないですか」
「大きなお世話ですよ」
 我ながら恥ずかしい真似をしたと思う。後ろから変な目で見られないうちに、僕は急いで白衣の埃を払った。
「だからぁ、混沌因子の存在はわかりました。あのチャオがカオスエメラルドの力を引き出した事もわかりました」
「それは教えた甲斐がありましたねぇ」
「で、その続きは?」
「せっかちですねぇ。オトナの事情も知らずに物語の続きを知りたいタイプですか? というか、何を聞きたいんですか? もう話す事はないのですが」
 要するにワガママだって言いたいのか、このニヤケ面。
「まあ、そんなに気になるなら私達の研究により一層の協力をお願いします。君は一応、この研究の重要ポジションを――」


「寂しい」

 思いもよらない言葉が、僕の体を冷やして駆け巡った。
「おや、来てたんですか」
 僕は固まった体をゆっくりと振り向かせた。
 コドモチャオが、保健室の扉を少しだけ開いて顔を覗かせていた。安堵の息が漏れる。まったく、驚かせてくれるよなぁ。
「ごめん、待った?」
「うん」
「もうちょっとだけ待ってくれるかな。今、先生とお話を」
「だからもう終わりましたってばさ」
「あー、はいはい……。じゃあ、行こうか」
「うん」
「お大事に」
 お医者チャオさんお決まりの台詞を聞いて、僕達は保健室を去った。


 ――――


 ぶっちゃけた話。
 僕はこの子の研究だとか、混沌因子の話だとか、実はあんまり気にしていない。
 この子に対して、もう親のつもりでいる。
 大した理由じゃない。

「お父さん」

 この子が勝手にそう呼ぶからだ。
 僕がお父さんじゃないよと言っても、全然聞かない。だから、それでもいいかなと思えてきた。
 せめて、この子の中の寂しさが消えてなくなるまで。
 それまででいいから、僕はこの子の為に頑張ろうと思う。
 今は、それだけでいい。


 ……それだけでいいってのに。

「お母さん」
「えっ?」
 金髪の看護師さんが、目を丸くして固まった。
 こいつ、間違いなくこの人に向けて言った。
「お、おい!」
「なに?」
「お前、何とんでもないこと言ってっ……!」
「あ、あのね、私はお母さんじゃ……」
「なんで?」
 出た。子供特有の、疑いの無い眼差し。
 空気が急速で濁る。隣にいる人の顔が見れない。
「あー……そのー、ごめん」
「な、なにが、ですか?」
「え? ああ、なんでだろうね。ははは」
 本当になんで謝ったんだ、僕。
 コドモチャオは、暢気にもポヨを疑問符に変えていた。

 ひょっとして、これから僕達長い付き合いになるのかな。
 先行きの見えない不安な可能性に、少し手を触れた気がした。

このページについて
掲載日
2010年10月25日
ページ番号
6 / 8
この作品について
タイトル
PURE.
作者
冬木野(冬きゅん,カズ,ソニカズ)
初回掲載
2010年10月16日
最終掲載
2010年10月25日
連載期間
約10日