次章の弐
「天才、か…」
「天才ですか?」
素早い行動と類稀なる修理の手際よさを見ながら、DXは嘆息した。
「この母戦艦、“悠久”を発明したのはほかでも無い、ろっどだ」
「本当ですか? とてもそんな事を出来るようには見えませんが」
「そうだろうな」
にやっと笑ったDXは、急に真面目な顔になって、続ける。
「あいつの想い人がERRORの上位だった。だから、あいつは何とか気を引こうと、かなり色々やっていた」
「例えば?」
興味本位も露に訊ねると、心外にも答えは返って来た。
「ERRORの小型戦艦に巨大大砲を装着した。他にも、あいつが下位の時、小型戦艦に“愛してます”と書いた事もあった。最も、上位の彼女には通じんかったが」
「何故ですか?」
「度が外れた天然の娘だったからだ」
思わず須磨は吹き出し、ろっどが彼女の気を引くのに必死こいてる場面を想像して見た。
似つかわしくない。
「ある日、彼女は会議でこう発言した。“相手がびっくりするような大きな船が欲しい”と。その会議に偶然あいつは参加していたが、彼女は意外というべきか、人気があった。誰もがこぞって大きな船の製作に勤しみ、あいつは発明を一から始めなければならなかったから、」
「捗らなかったんですね」
頷くDX。
「だが、他の奴が作った船は、試行時にどれも故障した。中でも冬木野は累計三百回ほど挑んだが、ついに成功しなかった」
「冬木野さんがですか?」
「ああ、そうだ。意外だろう?」
やはり、苦笑い。
「あいつは他の奴が失敗するのを見て、“失敗したら振られる”と考えたらしい。それから取った行動は…なんだか分かるか?」
「見当も付きません」
「まあ、そうだろうな。あいつは小型戦艦をホームから自分の手足で彼女の自宅まで運んで、全てを山積みにした。それを溶接して、何とか形を作って、後はコードで繋げた」
「…馬鹿ですね」
おぼろげな目付きで、DXは話を続けている。
それは、過去の思い出に浸っているようにも見えた。
「彼女が帰宅すると、自宅の前に巨大戦艦があるのを見て、激怒した」
「それはそうでしょう」
「あいつは叱られた」
にやにやと言うところを見ると、よほど面白いものだったらしい。
「だが、彼女はこう訊いた。“なんでこんな事したの?”と。そうするとあいつは、正直に白状した」
「い、いえ、あ、あ、あなたの笑顔を見てると、何だか嬉しかったり、哀し、ういえ、幸せなので、と、とにかく大好きなので、喜んで欲しかったから、え、です」
「彼女の前だといつも上がっていた。だが、それが功名だった」
「上手く行ったんですか?」
「結論から言うと、な。その時、彼女は赤面して逃げて行った。それでもあいつは反省して、真面目に創り始めた。それが今の、」
「母戦艦、“悠久”だよ」
いつの間にか修復を終えていたろっどが、拗ねた顔で戻って来ている。
冬木野は内部だろうか、姿が見えていない。
「DX、昔話も大概にしてくれよ。僕が赤っ恥かくんだから」
「ふ、まあ、最後まで言わせろ」
「もうそろそろ出発するから、それまでに」
と言って、戦艦の内部に入る。
「“悠久”はこの通り、龍を象っている。理由は、彼女がドラゴンのペンダントを付けていたからだ。“悠久”と言う名前は、彼女の亡き兄の名前から取ったらしい」
「すごい行動力です」
「…初見、この母戦艦を見た時、誰もが腰を抜かした。かく言う私もその一人だが…中でも彼女は大泣きした。そして、あいつは言った」
「あ、あなたの、…あなたのお兄様はいつでもそのペンダントにいると思います。だから、ペンダントよりももっと大きい物で、あなた方のお気持ちを表現いたしました」
「まるで文に書いたような言葉で言うと、彼女はそれから挙動がおかしくなった」
「どういう意味ですか?」
「あいつに心を奪われ、よく目で追っていた」
「…よく見ていますね、そんな現場」
須磨がまさかと考えて訊いてみると、想定外の答えが返って来た。
「私の妹だからな」
「…初耳です」
「だが、私は彼女に怖がられていた。彼女に愛されたのは私の弟であり、彼女の兄だ」
そそくさと言うその姿に、確かに怖いかもしれない、という予想を加え、須磨は頷く。
「あいつが努力して五軍曹になると、彼女はあいつとの接点が増え、大いに喜んだ。それから、交際を初め、あいつと彼女が婚約して一年足らずで、任務の真っ最中、彼女があいつを庇って命を失った」
重い空気をごまかそうと、須磨は周りを見回してみたが、何も変わらない静寂だけがそこにあっただけだった。
「…あいつはそれ以来、乗っていない」
「だけど、もう大丈夫そうです。でしょう?」
「だろうな。あいつが乗らないと知れば、彼女は叱り飛ばすだろう。必殺奥義、八時間継続説教だ」
その言葉が合図となったのかどうかは知らないが、冬木野が叫ぶ。
「準備完了しました!」
「ゲート・オールグリーン。路次、そちらの方は大丈夫ですか?」
「問題無いよ。頭部からの視覚範囲・攻撃範囲・射程距離ともにOK」
「良いか、須磨。お前の操縦能力に期待している。路次の目を付けた男だ、お前ならば出来る」
目を瞑り、青い地球を、故郷を、助けるべき人を、
―目指す。
「発進!!」
プラネット・レジスタンス−覚悟の次章 弐