序章の弐
結局眠れなかった須磨は、散歩がてらと最後になるかもしれないこの星を見に来たのである。
彼はチャオに対し、とてつもない畏怖の感情と激怒を抱いていた。
なぜならば、地球を乗っ取ったから。
人間を苦しませる、元凶だから、と。
歩いているうちに、随分と街のはぐれまで来てしまっているのに気がつき、慌てて引き返そうとすると、
「なぜ乗らないんだ! 今回の任務では、失敗は許されんのだぞ!」
(某さん…?)
訝しげに物陰に身を潜めて見ると、某が電灯に照らされた街路に立っている。
彼と対面する人間は、
(ろっど…!)
プラネット・レジスタンス−出発の序章 弐
「この後に及んで、未だそのような世迷言を…!」
「違うよ、某。僕は悩みあぐねた。そして結論に至ったんだ」
冷静なその声は、夜の静寂に淡々と響く。
「僕はもう乗らない。君も、僕が五軍曹だという事を言っていないはずだ」
「だからといって、乗らなくて良いと言う理由にはならん!」
喚く姿は、どこか悲壮でもあり、また、悪あがきのようにも見えた。
「今までに何人の人間が犠牲になった!? お前はなぜ地球を取り戻そうと思った!? お前が諦めるだけで、百万人もの人間の希望が消えうせるのだぞ!」
須磨は、話の内容がすぐ理解出来た。それなのにと、須磨は怒りの感情を抑えられず身を晒す。
「ろっど!!」
彼らは明らかに動揺している様子だったが、それでも須磨は身の危険すら感じず、言う。
「見損なった。地球を救うんじゃ無かったのか? お前が乗らないでどうする!」
「聞いてくれ、須磨。僕は―」
「言い訳だなんて、らしくないな、ろっど」
「君は…」
と、某の二言を待つ間も加えず、須磨はろっどに背を向けた。
俯く姿に、某は一言告げて、去り行く。
「待っている」
翌日。
須磨は、ろっどに自分がどれだけ頑張れるかを見せてやろうと意気込んでいた。
朝早くから集合場所である、戦艦のホームに移動すると、時間一時間前でも、彼ら四人は集まっていた。
木野 冬至と紹介されていた、五軍曹の一人がにやりと含んで笑った。
須磨は、しかし堂々と、ゆっくり歩いて行った。
何か言われるのでは無いかと恐々していたが、目の前に立とうとも、彼らは批難の言葉を浴びせる事は無く、代わりに、
「初めまして、木野 冬至です。冬木野という愛称で渡り合っていますがね」
含み笑いで挨拶を受けた。
「初めまして、今年新しく入った和田 須磨です。…お早いですね」
言葉を並べているような雰囲気で、須磨は言った。
「大堂 バツ、DXで良い。こちらはスカイ、知っているか?」
「はい。昨日聞きました」
「よろしく、須磨。色々いざこざがあって協力させてもらっているよ」
小さな手を振って、スカイは表面上だけと見ゆる挨拶をした。
須磨は極度のチャオ嫌いであるから、スカイの挙動一つ一つが、怪しく見えてしまうのである。
「須磨。早速だが、話がある」
やっぱりだ、と須磨は、あらかじめ覚悟していた事から思った。
しかし、それは予想と反して、長々しい説教では無く、
「路次の事を悪く思わないでやってくれ」
という、奇怪な頼み事だった。
それが誰の口よりも、某から出たという事に須磨は驚いたが、顔には出さない。
「何故ですか?」
「ああ、スカイの言葉を借りれば、色々いざこざがあるんだ」
苦笑いで答えた某だが、須磨の目が真剣な事に気付き、溜息をつく。
「路次は前回の任務時に、大切な人を亡くしているんだ」
思わない返答にしばらく呆気に取られた須磨は、冷静に分析する。
「だから、当然の事と言えば当然だろう。だが、あれは緊急時の頭脳の切れと対応と行動の速さが人間離れしているからな、出来ればいて欲しかった」
「そう、ですか…」
思わず落胆してしまう須磨。
「気にせずとも良い。路次はああ見えて臆病だ。乗りたくない気持ちが強かったに違いはあるまいからな」
某は時計を確認した。
DXが、言う。
「この母戦艦はな、須磨。五人いて力を発揮する戦艦だ」
「五人ですか」
「さよう。頭部の操縦、右下弦、左下弦、右翼、左翼の五つ操縦席がある」
偉く含み深い話に、取り込まれそうになりつつも、自分を確立し、耳を傾ける。
「ただ、右翼と左翼は操縦プロットが同じゆえ、両翼を同時に操作する事が可能だ。それが出来るのは…今の所、スカイだけだ」
「それはどうも。けれど、某も良いセンスしてるよ」
「確かに」
と、某。
「それで、須磨に右下弦を操縦してもらいたい」
「本当ですか!?」
思っても見ない任務に、驚きの声をあげる須磨。
「ああ、では早速搭乗しよう」
DXが、先導して乗った。
順に乗り、某が五軍曹最後となり、搭乗した。
残るは須磨の一人となったが、危ないからだろう、某は扉から身を乗り出し、手を差し伸べる。
須磨はその手を取り、初の任務が難題な事に嬉しくも思いつつ、不安も覚えつつ、
某に、押された。
「ど、どうしてですか―!?」
「お前には、危険な思いをして欲しくは無い」
「そんな、僕は―!」
「小型戦艦も全て出撃してある。残る戦艦はこの母戦艦だけ。お前はここに残れ。それが」
扉が閉めかかり、某の最後の一言は聞きそびれてしまったが、
「ちくしょう!!」
訳の分からない展開に動揺していた須磨は、地面に膝をついた。