序章の壱
「我々はもう二度と、あの綺麗な大洋を拝む事は出来なくなってしまった」
第三十二代総理大臣が言った。国民一同、一斉に頷いた。
絶えず戦争が続く中で、人類は貧困に苦しみ、また、衣食住に苦しみ…やがては核が行使され、更には水爆、原爆さえ、途絶えなく使用された。
そう、第三次世界大戦。
家族を失った子供、愛する者を失った男、女…、地球は次第に廃園となり、その空は灰色で覆われてしまっていた。
しかし、生命兵器と呼びかう人工生命体。
通称、A−LIFE。
「―彼らの反逆により、地球は彼らの手に委ねられてしまった―」
生き残った人間は、わずか百万人。早急に計画、実行した“月、移住計画”(MLP)は、しかしA−LIFEの反抗から完全には成功しなかった。
戦争は幕を閉じた。
勝ったのは、A−LIFE。
―…チャオである。
進化しすぎた文明は、遂に自らを追い込んだ。
そして、終わった。
「―機械を吸収した彼らは、己が力で“七光の石”を生み出し、集結した―」
それが、人類史上呼ばれる、終結する混沌、パーフェクト・カオス。
地球の生態系を狂わせ過ぎた人間に対する、罰のかたち。
「―本当に、チャオってのは残虐非道な生物だな」
30年で立ち直った人類は、人口およそ120万人の街に住んでいた。
輝かしい太陽は眩い。地球の青は美しい。だが、
青空は、もう、ない。
プラネット・レジスタンス−出発の序章 壱
月には水も酸素も無かった。
そのため、人類には「外」という概念が早30年のうちに失われ、巨大ドームの中で道を作り、家を作り、生活していた。
「地球の大きさは、月のおよそ四分の一だ。ゆえに、確実にチャオの総数では地球の全てを埋め尽くす事は出来ない。そこを狙え」
今でも地球では、戦争が続けられている。30年間続けてきて、未だに戦争が続けられている。
にも関わらず、チャオは勝ち続け、人間は負け続けている。
何故か?
「チャオの能力は、“吸収”だ。相手の武器さえ吸収してしまう、悪魔の能力だ」
今年で成人したばかりの和田 須磨は、その熱さえ錯覚視する演説に、憧れと羨望の二つを併せ見ていた。
Earth Regain or Recover Organization of Radiance(通称をERRORと名乗る)、五軍曹の一人、某 大地である。
産まれてすぐに、戦争で親を亡くした、いわゆる戦争孤児であった。
彼は自分の名前を知らなかった。自らに置かれた状況を把握した頃、彼は元の名前を改名し、希望をかけた氏名で通らせ、勉学に励んで来た。
それがし、曰く誰かが。大地、つまり地球を、一縷の望みを、自分が死んだ後も残るように。
「私が指揮する、ERROR−2は主に北半球を目指す」
そして、地球を取り戻すために、彼らは努力を怠らない。
「よう、須磨」
「ん、ろっどか」
「お前もやっぱり来たんだな…」
もの思いに耽る、別の意味で老けている彼は、路次 幸介、21歳。
先日、誕生日を迎えたろっどは、しかし母親を亡くしたばかりであった。
「そのニックネームを聞くのも、久し振りだよ」
「何せ根拠が、苗字のロジを英語にしただけだからな。俺以外にそんな妙な事を考える奴はいないだろう」
路次 幸介と和田 須磨。二人が出会ったのは大分な前で、当時は苗字に関して、
「言いにくい」
と須磨が断固言い張っていた。
考え付いた提案は、
「ロッジからRodgeに変換、gとeが邪魔だから消せ。で、お前の事はろっどだ」
などと無理矢理言い張ったのも須磨だった。
無論、出会った当時であるにも関わらず、二人は仲良く打ち解けた。考えが一致していたからである。
須磨がこのERRORに入ろうと決意した直後、ろっどがカフェの前で意味不明な行動をしていた須磨を目にし、勧誘したそうだ。
最もろっどは、
「僕はもう乗らないけどね」
そう言っていた。
「諸君、ここが我々ERROR−2、私の管轄である第一部隊の目指す大地、日本だ」
運良く第一部隊に入る事の出来た須磨が、真剣な目つきと冴える頭を真正面から使っていた。
弓状を象る形、イラストだったが、それでもどこか、懐かしさを帯びる。
この感覚はどこかで、と感じ取り、だが結局はどこかもいつかも分からぬまま、懐かしい感覚だけが残っていた。
「この大きな船に乗るんですか?」
第一部隊員の一人が訊ねると、某は首を横に振り、
「君らは小型船に乗ってもらう。これは、母戦艦だからな、私と―」
人差し指でぼーっと立っている少年を指差し、
「わずか高校一年生で五軍曹に選出された木野 冬至くん―」
次にさばさばと歩いて来た男性を指差し、
「去年五軍曹になったばかりの、大堂 バツくん―」
最後に、母戦艦から降りて来た小さな生物を指差し、
「私の親愛なる友人の一人、スカイくんの四人で母戦艦を操縦する」
和田 須磨は、驚愕に目を見開き、そのスカイを名乗る姿を見つめた。
「チャオ―……?」
水色の生命が、そこにいた。
「出発は明朝6時。準備は万端にしておけ。以上、解散」
某の合図が、静寂に響き渡る。
夜中。
電灯の立ち並ぶ景色に、陰が一つつ、動いていた。