序章 其ノ二

 EDEN №248と刻まれた白い建物。白い物といっても元々の色が白なのか、それともただ単に雪が積もって白く見えるのかはとうに忘れ去られた事である。とにかくこの白い建物を分かりやすく言えば「馬鹿でかいかまくら」。少なくとも今 EDENに入ろうとしているこの男はそう頭にたたきこんでいる。
「さっさと入れて~」
「うぶ~」
扉らしき所を引いても押しても叩いても、うんともすんとも反応もない。
これが機械で閉じられているから力づくでどうこうする問題ではないのだが、だからといってこのまま吹雪に打たれ続けるのもおかしい選択だ。
「ゴヨウケンヲドウゾ」
無機質な音声が猛烈なブリザードの吹く外に響いた。
「入れて!」
「ショウチシマシタ」
直後目の前の壁の一部がスライドして中へと続く道が現れた。
暖かい空気が外へと流れ出していくのが男の肌で感じ取れた。
獣を抱えたまま足早で中に入っていく彼はこう呟いていた。
「スライドかぁ・・・今度試してみよ」
「う~ぶ~」

 真っ白な廊下を歩き続ける彼等。一定間隔で天井に灰色の線がうっすらと刻まれている事に目が行った。これは緊急避難用の隔壁。これが降りている所をよく見たものだ・・・男の記憶を辿ればいくらでもある光景。これ位の分厚さなら並大抵の火力では破壊できない事も男が知っている苦い経験の一つである。ため息を吐き出すと同時に男はフードを脱いで頭を二度程振った。そしてそれを見た横の生き物も同じように真似をした。面白がってやった生き物とは裏腹に男の気持ちもあまり浮かぶ気にはなれなかった。ただ常日頃思っている事を誰もいないこの空間に吐き捨てた。
「EDENか・・・趣味悪いよな」

 ようやく長い一本道が終わった。シェルターと同じ色である扉が横にスライドしたと同時に視界に映りこむEDEN内の風景。ただ広い空間の中に建物が乱立してその建物と建物の間には道路がはりめぐらされており、車が引っ切り無しに移動している。車道以外の道も人がかなり歩き回っていた。日没後という事もあって道行く人々はスーツを着たビジネスマンが殆どでありコートを何重にも重ね着している男は明らかに浮いていた。人々の視線を感じつつもその場を動かぬ事数分後、お迎えが来てくれた。ただ普通のお迎えとは違い物々しい雰囲気とたくさんの銃口、そして・・・
「すまないがおとなしくついてきてもらおう」
というお言葉付きである事だ。男は抵抗する気は更々なく言われるがままにお迎えの車に乗り込んで目的地へと進んでいった。長旅で疲れた足腰にはそれなりの待遇だが、体格の良い男が両端に座られる事は暑苦しい事この上なかった。

 その後あまり足腰を休める間もなくたどり着いたのはそれなりの高さを誇る建物。
そこの地下駐車場から降ろされるや円滑に取調室で事情聴取された。警戒した様子でこっちを見つめる警察関係者。刺々しい口調で繰り出される「君の名前は?何をしていた?」等のありきたりな問い このやり取りにも慣れたな・・・と思いつつ黙って俺の情報が記されているカードを渡した。それを受け取るや男の態度は一変する。
「これは失礼しました!」
「じゃあさ、この街の管理者に会わせてくれよ」
「了解しました!」
予定通りだ・・・ドタバタと駆け出していった男が帰ってくるまでに済ませるか・・・と用意してあったカツ丼を大急ぎで口へと運びながら自分が記したメモ帳を読み返していた。

EDEN‐旧約聖書の創世記に記されているエデンの園(楽園)を由来とした超大型シェルター。荒廃しきった地球の大自然が生み出す災害から人類を守り続ける最後の盾として存在する。地上15階、地下4階の規模の大きさで主に地上は生活に必要な居住区であり地下はその生活に必要とされるエネルギーの生産、下水処理、特に環境調節装置が大部分を占める。
EDENは初代№110を筆頭にいまや世界中に散らばっているが基本EDEN間は繋がっていない事と非常に危険である事から法律で禁止されている。(EDENの最新№はジパングのトーキョーに出来た№291)
人類は本当に首の皮一枚で生きているといえる状況であり、生き延びていく為には更なる科学の発展を必要とする。その上で・・・

 まだ読みかけのメモ帳を閉じて懐にしまい込む。入れ終わったのと同時に先ほどの男が部屋へと入ってきた。そして今の動作に気づくことなく用件を告げる。
「面会の許可がとれましたので案内します。」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第294号
ページ番号
2 / 4
この作品について
タイトル
PEACE PIECE
作者
キナコ
初回掲載
週刊チャオ第293号
最終掲載
週刊チャオ第296号
連載期間
約22日