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何故分かったのだろうか。僕は、彼の元に飛び立ちながらそう考えた。
直感ではない。なぜ?その疑問は簡単に解けた。
彼の時計だ。こんな事故にも関わらず、時計は動き続けていた。
特徴のある、だが存在感は控えめな、その手元。
彼の顔はきれいだった。だが、時計をつけている腕とは反対側の腕からは、しっかりと血が出ていた。
スーツが破れたということもなく、軽傷にしか見えない。
「こいつは…!」
言葉にしようとするが、僕は中々言えずに時間が過ぎていく。
今日は特別な日だ。
今日は、特別な日だ。
今月に入り、二度目の満月。
僕の目からは、真っ赤な満月にしか見えなかった。

唯一無傷だった僕は、事情を聴取された。
そう、唯一だ。それでも、彼は全身を強く打っただけで済んだ。
彼らは、これを奇跡と言う。Once in a Blue Moon。めったにない、と。


療養中の彼の元へ、彼女が駆けつけてきた。手には赤系の色で埋め尽くされた果物。
「……!」
言葉にならないのだろう。僕も初めそうだった。
「この通り、少し休めばなんとかなりそうだ。後遺症もなし。だから…」
最後まで言おうとしたが、彼女が彼に抱きついたおかげか、遮られてしまった。
「心配したんですよ!?絶対にあなたが乗ってない電車だって思ってた!
 なのに、あなたからは"今、病院にいる"って…」
この人はよく泣くなあと反射的になだめようとしたが、彼が既に彼女の頭をなで始めていたところだった。

僕は、彼の成長を見守っていたはずだった。
足枷にはなっていないが、もう十分に成長していた。

僕は急に寂しくなり、一人になりたくなった。
病院の屋上へと飛び、フェンスに身を任せて体を楽にした。
今日は雪が降るそうだ。ここら辺は少しだけ積もるらしい。
そのせいか、やけに冷える。白くなる息を吐きながら、僕は初めて泣いた。
彼を失うことよりも、彼が成功することよりも、彼が成長することが悔しかった。
ずっと一緒にいたかったが、このまま一緒にいても足枷になるだけだろう。
錆びたバネは元のように弾まない。
Spring―春という意味も、バネという意味も含む。このまま、春になったら僕は錆びたバネになるだろう。
そうしたら、僕はどうなるんだろうか。
本当に思い出したい記憶は、電車のことではない。
自分と同じ種といろいろなことを学ぶのだろうか。
彼は言った。「覚えるために"書く"という手段を用いると、どうしても"書く"ことが目的になってしまう」
それは、単に彼の勉強の仕方だったのだろう。だが、僕にとっては違う意味に取れた。
「成長するために"手助けしてもらう"という手段を用いると、どうしても"手助けしてもらう"ことが目的になってしまう」
今は、本当にそう思う。

病室に戻ると、先ほどの雰囲気が一変していた。
テレビをネタに談話。笑い声が病室に満ちていた。

「ああ、チャオか。私達は結婚することにしたんだ」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第306号
ページ番号
4 / 5
この作品について
タイトル
Once in a Blue Moon
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第306号