第10話 励まし

 母が助からないという話に私は少なからずショックを受けていました。
 それがとどめだったのだと思います。
 私はこの旅を続ける自信を失っていました。
 たくさんの人の死んでしまった一の町。
 火に消えてしまった四の町。
 そしてアシトとトルネお兄様が衝突して。
 母も助からないそうです。
 私は、このチャオワールドで起こること全てに流されているだけでした。
 こんな旅に出ずに、城で誰も死ぬことのない稽古をして遊んでいられたら。
 あるいは母のカードを見つけても構わず城に戻ってチャオワールドの異常を知らせていれば。
 そんなことを考えながら、私はやはり流されるままにお兄様の提案に従って三の町に向かっていました。
 三の町は二の町からそこそこ離れた所にあって、途中に一泊するための野営地が用意されています。
 私たちはその野営地にあるログハウスに泊まることになりました。
 ログハウスの管理人が、屋根に上がって見る夜空は美しいと教えてくれました。
「一緒に行こうぜ」
 アシトに誘われて、私は屋根に上りました。
 チャオワールドの星空は、私の知らない空でした。
 月と同じくらいの大きさの星が三つありました。
 赤い星が一つと、青い星が二つでした。
 そして月よりも一回り大きい黄色っぽい土色の星が一つ。
 その他の星も強く輝いています。
 城に来る宝石商がたくさんの宝石を使ったアクセサリーを、美しい星空のよう、とよく言っていたのですが、この星空はそんな宝石のアクセサリーのような星空でした。
 あまりにも星が大きいために、夜なのに外が明るくて、アシトの表情もよくわかります。
 アシトは妙に優しそうな顔をしていました。
「チャオガーデンの星空っていいよな」とアシトが言いました。
「うん。こんなに綺麗だったんだね」
「まるで今日初めて見たみたいな感想だな」
 今日初めて見た、と私は答えます。
 本当かよ、とアシトは驚きました。
「ほら、あの時とか見てないのか。四の町から離れる時、夜ずっと歩いたろ。夜なのに凄く明るくてさ。なんでだろうと思って空を見たら、こんな感じで空が凄かったんだ」
「私、全然見なかった。明るいのは、四の町が燃えているからだと思った」
「そうか。そうだったか」
 アシトも私も互いの顔を見ていました。
 星を見てしまうと、大事な話から目を逸らしてしましそうに感じるのでした。
「母さんのこと、残念だったな」
「うん」
「お前がこんなに落ち込んでるところ、見たことなかったから心配した」
「だろうね」
 アシトの言うとおり、こんなに落ち込んだことは今までありません。
 だから、私さえ自分のことを心配してしまうくらいでした。
「カード集めるの、やめない方がいいぞ」
 アシトは心配していることを表情に丸出しにして言いました。
 私が城に帰ることを望んでいるくらいに、沈んだ気持ちでいることを彼は感じ取っていたみたいでした。
「お前の母さんのカードは、他の誰でもなくお前が持っているべきだよ。特に転生するために使わせちゃいけない」
「カードがなくても転生できるのが、チャオの正しい生き方」
 ラシユの言っていたことでした。
 そのとおりだとアシトは頷きます。
「お前が受け取るべき愛だ。それを他のやつに譲っちゃいけない」
「そうなのかもね」
 簡単に転生したいと思っているようなチャオたちに、母のカードは渡したくない。
 素直にそう思えました。
 そのためにもう一度戦おうと思いました。
 私はチャオワールドの月を見上げました。
 その月に黒い穴が開いています。
 よく見ればそれは羽の生えた生き物で、こちらに向かって飛んできているようでした。
「なにか来る」
 私はアシトに知らせ、部屋に戻ります。
 私は金棒を持って屋上へ、アシトにはお兄様とラシユを呼びに行ってもらいます。
 羽の生えた黒い生き物は屋上に降り立っていて、私を待っていました。
「久しぶりね、ヘネト」
 その顔の形には見覚えがありました。
 母でした。
 母の体は灰色一色に染まり、手足は人間のものではなくなっていました。
 両腕は鳥の足になり、下半身はたくさんの爬虫類の尾が生えているという具合でした。
「私、あなたと一緒になりに来たのよ」と母は言いました。

このページについて
掲載日
2016年12月14日
ページ番号
10 / 13
この作品について
タイトル
お姫様に金棒
作者
スマッシュ
初回掲載
2016年11月29日
最終掲載
2016年12月14日
連載期間
約16日