第3話 王からの命令
私がチャオワールドに行くことを命じられたのは、その次の日のことでした。
父は私を呼び出しました。
「トルネからの報告によると、チャオワールドで不穏な動きがあるらしい。なんでも、カードが取引されているのだそうだ」
トルネというのは、一人目の妾の第一子で、ハニスお兄様の実の兄君です。
チャオワールドにはトルネお兄様や私の母が駐在しています。
そちらで人とチャオの暮らす町を作り、管理しているのです。
「カード?」
「うむ。紙幣のように価値を持ったものなのか。あるいは隠語なのか。報告に来た兵は詳しいことを把握してはいなかったのだ」
「なんだか、妙ですね」
あまりにも話が不透明です。
トルネお兄様がそのような曖昧な情報しかよこしてこないというのも、おかしな話でした。
父も同じように感じたそうです。
そして父は、
「そこで、ヘネト。お前に使いを頼みたいのだ。お前にはチャオワールドへ行ってトルネに直接会ってきてほしい。そしてそこでお前が感じたことを私に報告してほしい。もしくは、可能であるなら、そのカードとやらを広めている大本を叩いてほしいのだ」と言いました。
そして父はチャオキーを私に手渡します。
「はい。お任せください」
私はチャオキーを握り締めました。
「チャオキーは貴重な品のため、護衛を付けてやることはできない。くれぐれも気を付けてくれ」
「はい」
信用できる手駒。
そういう扱いをされているのであれば嬉しいのですが。
ひょっとしたら全部嘘で、娘にちょっとした冒険をプレゼントするというサプライズなのかもしれません。
そうだったら嫌だなと思います。
その夜、私は荷造りに勤しんでいました。
荷物のことで迷うことは少しもありませんでした。
なぜなら、武器として持っていく金棒よりも重い荷物などありはしなかったからです。
持っていきたい物を部屋中からかき集めて、スーツケースを大きくした旅行用の鞄に詰め込みます。
服を一通り詰め終わった頃に、ドアがノックされました。
「どうぞ」
私が返事をし終わるのとドアが開くのが同時でした。
そこにいたのは、やはりアシトでした。
「チャオワールドに行くんだってな」
「誰から聞いたの。まあ、誰からでもいいんだけど」
「俺も行くぞ。お前だけだと迷子になるだろ」
「そんなこと言ったって、チャオキーがなければ」
アシトは左手に握っていたチャオキーを見せて、にやっとしました。
「どうしてそれを」
「この城は警備が甘いな。宝物庫から取ってきたのさ」
ああ、と思いました。
護衛は付けられないと父は言いました。
だけど彼に同行させるつもりでいたのでしょう。
まだ正式にはこの城の者ではない彼には、このような形でチャオキーを譲渡するしかありません。
そして彼は見事に父の思惑通りチャオキーを取ってきたというわけです。
「ついでによさそうな武器を拝借してきたぜ」
背負っている剣を抜いて私に見せました。
これも父を始めとする城の者たちの計らいと思うと笑ってしまいそうになりました。
確かに上等な剣でした。
質は高く、おそらく普通の剣よりもかなり高価なはずです。
でも高価なだけで、珍しい品ではありませんでした。
ここは国王の住まう城です。
その気になれば、このくらいの品はいくらでも集められるのでした。
貴重なはずのチャオキーだって、同じことです。
かき集めた結果、ほぼ全てのチャオキーを王家が握っています。
「手伝おうか」
「いい。もう終わるから」
私は鞄いっぱいに荷物を詰め込みました。
それほどまでに持っていきたい物が多かったわけのではなく、単に鞄の余白をなくしたかったのでした。
「今日は星が綺麗だったぞ」
アシトは私の部屋に入ってきて、窓から再び夜空を見ようとします。
こんな日には夜空を見たくなるのでしょう。
「星空はいつも綺麗だよ」
私はそう言いました。
だけど窓の傍で座り込んだアシトは無言で窓の外を見続けました。
「バルコニー出て見なよ」
私はドアを開けて、言いました。
夜の、体を冷やす風が部屋に入ってきます。
「ああ」
アシトはバルコニーに出ると、手すりを掴んで身を乗り出して空を見ました。
私もアシトの後ろから星空を見ます。
彼が綺麗だと言うのもわかります。
私も小さい頃、綺麗だと感動して母と一緒にずっと見ていました。
今見ている星空もその星空でした。
ちゃんと覚えていないけれど、私は年がら年中星を見ていたみたいです。
季節と共に変化いくはずなのに、いつ見ても知っている星空です。
そして私は、母と見た星空が美化されていることに気付かされるのです。
幼い私はきっと目に映るものをその場で美化しながら生きていたのでしょう。
「チャオワールドは景色が素晴らしい所らしいよ」
アシトを放っておいたら、一時間くらい星を見続けてしまうような気がして、本当にそうなってしまわないよう私は声をかけた。
「そうなのか。流石はチャオの住処だな」
「そんなに必死に星を見てるとすぐに飽きちゃうよ。このくらいでやめておきな」
「わかった」
アシトは私に従って、部屋の中に戻ります。
「今日はここで寝ていいか?」
「床で寝るならいいよ」
アシトはカーペットに横たわりました。
しかし夜風を入れ過ぎたせいでしょう。
「やっぱゲストルームで寝るわ」
寒そうに背中を丸めて、アシトは部屋を出ていきました。
「ばーか」
私はそう声をかけ、ベッドに倒れました。