(後編)ページ6
待ってましたと言わんばかりに、グリンは両手に商品を一つずつ持って僕に尋ねる。
「ね、こっちとこっち、どっちがいいかなぁ」
知らん。知らんが可及的速やかに決断することを求める。
「こっちはさ、チョコを練りこんだ生地で生クリームとバナナを包んだロールケーキ。でこっちはさ、バナナじゃなくてイチゴを包んであるんだよ。どっちも美味しそう」
そうだな美味そうだな。で、どっちにするんだ。
「いやー、悩むなぁ~」
一見すると周りの見えないバカップルが織り成す会話のようにも聞こえるが、悲しいかな僕の目の前にいるのは可愛い女の子ではない。チャオである。
到底、グリンが手に持つロールケーキのように甘い気分にはなれっこないのだった。
「早く決めろ」
僕は焦る。
そろそろ信号も、また人を通してやってもいいかなーなどと思う頃合だろう。
今度の機会を逃したら、二日連続で学校敷地外で本鈴を耳にすること必至だ。
しかし、グリンはいつまで経っても決めようとしない。
僕がいくら、ココでバナナを選択したとしてもイチゴを選択したとしてもお前の未来に劇的な差異は生じない、と説得しても、グリンは両手に持ったロールケーキを天秤のように上下させるのであった。
が、僕は気づいた。
優柔不断にどちらを奢ってもらおうか決めあぐねているように見えるグリンの表情に、笑みが浮かんでいることに。
僕はコイツの考えが読めてしまった。と同時に恐ろしさすらも感じてしまった。コイツは――
僕が目の前の姿だけは愛らしい、チャオの皮をかぶった悪魔に感じた恐怖に身震いした時、外では信号が赤から青へとクールダウンしていた。
まずい、今すぐ行かなければ。
しかし、グリンを連れて行かないと横断歩道は渡れない。もしかたらコンビ二を脱出することすら叶わないかもしれない。
ならばグリンを連れて行くしかないのだ。しかしグリンは今、頭の中でバナナとイチゴを闘わせている。
だが僕にはその闘いが終焉を迎えるまで待ってやれる時間的余裕がない。今すぐにでも行かなければならないのに、果物同士の決闘は終わりそうにない。ならば――
僕が、イチゴとバナナを和解させるしかないじゃないか。
コレこそがグリンの思惑と知りつつ、その通りに行動する自分に屈辱を覚えた。しかし、いまはこうするしかないのである。
「ありがとうございましたー」
女性店員さんの声を背中で聞き、僕はコンビニを飛び出す。
すでに点滅を開始した信号は、僕が横断歩道の手前まで駆けて来た時、
タイミングを計ったかのように、好きな先輩に告白する純情な女子中学生みたいに真っ赤になるのだった。
「惜しかったね」
グリンが呟いた。
息を荒げる僕の足元で、満足そうに100点満点の笑顔を浮かべるグリンの両手には。
バナナを包んだロールケーキとイチゴを包んだロールケーキ。2種類のロールケーキが、しっかりと握られているのであった。
その代償として、僕の財布からはただでさえ少なかった中身が情け容赦なく搾取され、残されたのは1円玉100枚分の価値がある硬貨1枚のみとなってしまった。