(後編)ページ4

「いらっしゃいませー」

僕が店内に足を踏み入れると、女性店員の軽快な声が響いた。
僕が現在いる場所は、目的地としていた学校ではなく、登校途中に立ち寄ったコンビニである。
昨日、愛用していたシャーペンが、目の前をウロウロ飛行するこの悪魔に呪い殺されてしまったため、新しいシャーペンを買いに来たのだ。
適当に、『握りやすく、書きやすい!』と袋に書かれているシャーペンを手に取り、レジに持っていく。

「ありがとうございましたー」

無事に購入を終え、さぁ早く学校へ向かおうとした時、僕のすぐ傍で浮かんでいたグリンの姿が見えないことに気づく。
さてどこに行ったと、店内を歩くとグリンの姿はすぐに補足できた。

グリンは、若い女の子が好きそうな、甘いデザートが立ち並ぶ棚の前にいた。

じーっ、と棚から目を離さない。否、棚に並ぶデザート類から目を離さないグリン。
考えているコトは、僕には手に取るようにわかった。

「ね、コレおいしそう」

そう言ってグリンは自らの体を上昇させ、棚の中段に並べられたロールケーキを手に取り、僕に見せ付ける。
そうだな、おいしそうだな。じゃ、行くぞ。

「食べたいなぁ」

僕が今回財布を持参して登校した理由はロールケーキを買う為でも、ましてやお前に奢る為でもない。
学校生活における必須アイテムの一つ、筆記用具を購入するためだ。
そしてその目的は無事達成されたのだ、故にココに以上とどまる理由は無い。

「だから、行くぞ」

そう言って僕はグリンを片手で掴み連行しようとする。
しかし、グリンは棚にしがみついて離れない。
無理やり引っぺがそうとするが、小さな体に秘められた無限のパワーで、グリンは棚から離れることを拒み続ける。

まるで、というか完璧に駄々っ子だ。

ロォルケェキィ~、とか唸っているグリンを連れて行くのを、僕は諦めた。
僕はグリンをつかんでいた右手を離し、言い放つ。

「もういい、お前は来なくていいよ。ずっとココでロールケーキとにらめっこしててよ」

僕はグリンを置いて店を出ようとする。
背中から声が聞こえた。

「災い、降りかかるよ」

ふん、と僕は鼻を鳴らす。
何が呪いだ、何が災いだ。そんなもの始めから無かったんだ。

この期に及んで、というべきか。僕は再び、呪い否定側についた。
昨日から今朝にかけての、全くしょーもない、不幸と言うにもおこがましいハプニングの数々。

すべて、偶然さ。

開き直りという形で自分を納得させ問題を解決したつもりになった僕は、店を後にする。
目の前には、広々とした大きな交差点がある。
学校へ行くにはこの交差点を通る必要があるのだが、ココの信号は一度赤になると再び通過可能になるまでの時間が長い。
シャーペンを買っていた時間や、グリンと言い合っていた時間を考えると、ココでの信号待ちは是非とも避けたい。

二日連続の遅刻を回避するために。

幸い、僕が色覚異常を患っていなければ、目の前の信号は青い光を放っている。
信号の気が変わらないうちに、さっさと渡らせてもらおう。僕は横断歩道へと歩き始めたのだが――

どん、と衝撃が僕の体を駆け抜けた。
右から走ってきた自転車が、僕に衝突してきたのである。
乗っていたのは、恰幅のいい中年の男性だった。――なぜか、手に食べかけのバナナを持っていた。

「わ、ごめんなさい!」

幸い低速で走っていたため、僕は特に怪我をせずに済んだ。
中年男性は僕に対し謝罪を繰り返す。僕が「大丈夫です」と答えると

「本当にごめんなさい」

と言い残し走り去っていった。
僕は衝突されたコトに対する怒りなど微塵も湧かなかった。湧いたのは――


僕は後ろを振り向く。
ガラス越しに見えたグリンの姿。まだ、デザート棚の前に居座っている。


――湧いたのは『コレもお前のせいなのか』という、グリンに対する、怒りに似た疑念だった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第219号
ページ番号
10 / 16
この作品について
タイトル
~呪いをかけチャオ~
作者
宏(hiro改,ヒロアキ)
初回掲載
週刊チャオ第218号
最終掲載
週刊チャオ第219号
連載期間
約8日