(後編)ページ1
「おかえり。快適なスクールライフは送れたかい」
帰宅した僕が真っ先に向かった部屋で僕を出迎えたのは、メイド服に身を包んだ女の人ではない。
憎々しい、不法侵入ニュートラルチャオである。右手に硬球が握られていたら危険球をお見舞いしているトコロだ。
「あぁ、スリルに満ちた楽しい一日だったよ」
そう呟いて、布団に倒れこむ。
コレが高級ホテルのスイートにあるようなふかふかのベッドなら重力に身を任せ、ばふんっとバウンドするぐらいの勢いで倒れこみたい気分だが、あいにく僕の部屋には安物の肉を使ったトンカツみたいな薄っぺらい布団が敷かれているだけだ。
この薄い布団にそこまでの衝撃緩和を期待するのは酷だろう。僕はゆっくりと、「あー」とか呻きながらうつ伏せになる。呼吸は出来るように、顔は右に向けて。
そのまま、蚊みたいな声で『楽しい一日』の出来事を語る。語ると書いて、ぐちると読む。
「犬に吠えられるは、ドブにハマるは、犬のフン踏むは、雨に打たれるは、遅刻するは、先生に水ぶっ掛けて怒られるは、借りた鉛筆は次々に折れるは、チョークも折れるは……」
「ふむふむ」
「挙手してないのに指名されるは、言われた問題全部解けないは、給食には虫が入ってるは、帰ろうとしたら野球部の打球が当たるは、トラックが水溜りをはねていくは、あぁ、今気づいたけど学校に傘忘れてきたな」
「なるほど」
「コレ、全部呪いだっていうのか」
「yes」
僕はゆっくり起き上がり、あぐらをかいて不法侵入チャオを睨み付ける。
「さっきから不法侵入不法侵入って。僕にも名前があるんだから。僕の名前はね、」
「聞きたくない」
「聞いてよ。グリンって言うんだ。コレからはそう呼んでね」
「呼ばない」
「ちなみにキミの名前は、」
「言いたくない」
「緑川守。部屋探索してたら名前記入済みのモノがいくつかあったよ」
「……」
「さて、今朝言いそびれたことがあるんだけど」
不法侵入、あぁ面倒くさい。
グリンはぴょこんと立ち上がると、頭上の球体をポヨポヨ動かしながら部屋を出て行く。何を言いそびれたのだと訊く暇も無く、グリンは見えなくなる。
仕方なく僕もついていく。何を言うつもりなのか気になったが、階段を下りるときは思考を止め、交互に足をおろす作業に集中した。
無事階段を下りきり、向かう先は居間である。
「コレを見て」
先に着いていたグリンが、僕をソファに座るよう促す。偉そうに、ココは僕の家だ。
グリンが僕に見るよう言ったのは、居間に設置されたテレビが流しているニュース番組だ。
一通り今入っている最新のニュースを報じ、コレから特集のコーナーに入る。
今日の特集のテーマは――『チャオ、絶滅の危機!?』
内容はこうだった。
この星の豊かな自然が着実に失われつつあるのは明白である。
森林は伐採され、海は汚れ、大気は濁る。この星は確実に、青い輝きを鈍らせつつある。
そして最近、『チャオが絶滅してしまうのではないか』と危惧する声がにわかに高まってきたのである。
それというのも、チャオは豊かな自然の中で無いと生きられない。故に、自然の減少とともにチャオの数も減少し、いずれは…と、大体こんな感じの内容である。
確かにチャオという生物は非常に高い知能を持ち、それゆえに繊細な部分がある。環境の変化に対しても敏感に反応するのではないか。
都会で人と暮らしているチャオもいるが、そうでない野生のチャオ達は破壊されていく自然と共にその数を減少させていくだろう。
世界中のジャングルが砂漠になるにはまだ相当の猶予はあるだろうが、放っておけばチャオは絶滅…?
まぁ、それは大変だな。
率直な感想である。
この星にお世話になっている者としてはこの星の健康状態にもっと関心を持つべきであるというコトはわかっているが、今の僕はこの星より己の健康のほうが大事なのである。
や、無論この星も大事ではあるが。
「いやぁ、人間って身勝手だよね」
ふいに、グリンが口を開く。
「自分たちが豊かになるために、自然を壊してさ。そのせいで僕たちチャオはいい迷惑だよ。このままじゃホントに絶滅しちゃうよ」
確かに、この星の自然破壊の最たる原因は人間である。
グリンのいうコトは正しい。自然の中で暮らすチャオ達にとっては迷惑だろう。もっとも、それはチャオに限った話ではないが。
「で、何を言いそびれたって」
この星の行く末も気になるが、それよりも気になるコトがある。
グリンは僕の問いに答えた。
「僕が、キミに呪いをかけた理由」