(前編)ページ4

全ての身支度を終え、僕は玄関で右の靴紐を結んでいる。
その作業を続けながら、僕は振り向かずに後ろにいる憎たらしい自称呪術者に尋ねた。

「つまり、僕がお前から少しでも距離を置くと、呪いが発動して災いが降りかかると。そういうコトか」
「そういうコト。半径2,3メートルぐらいかな。それ以上僕から離れると恐ろしいコトになる」
「お前の言う災いっていうのは、階段から転げ落ちるとかそんなしょうもないコトか」
「そういうコト。痛かったろう?」

なるほど。簡潔かつわかりやすい説明ありがとう。ふざけるな。

「言っておくけど、そんなコトは信じない」
「さっき階段から落ちたろう」
「たまたまだよ」

僕は立ち上がり、数回つま先で地面を叩く。
そしてドアをあけ、外へ出る…前に、一度振り向く。ドアを体で支えて、閉まらないようにして。

「ほら、扉は開いた。今すぐ出て行ってくれ。出て行かないというのなら、僕が帰ってくるまで部屋にずっと篭っていてくれ。後で追い出すから」
「話を聞いていなかったの、その耳は飾り?僕から離れると大変だって言っているだろう」
「話を聞き、考えた上での判断だよ。そんな話僕は信じない。さ、出てって」

しかし、チャオは「わからない人だなぁ」と呟き、そこから動こうとしなかった。
今すぐに出て行くつもりは無いらしい。
僕は現時点での排除を諦め、学校へ向かうことにした。
今日はもう勉強に身が入る気がしない。…まぁ、普段から身が入っているのかと問われれば自信を持って頷くコトもないのだが。
とにかくアイツのせいで、まだ一日は始まったばかりだと言うのに僕の心にはマリアナ海溝よりも深いディープブルーが差し込み、自分は二宮金次郎像かと錯覚するぐらい体は重い。
それでも学校をサボるわけにも行かず、今の僕の心を少しでも晴らしてくれるのは天空で輝く太陽しかいないと、僕は爽やかな青空を見上げ学校への道のりを歩み始めたのである。


しかし、僕はまだ気づいていなかった。これからが本番であることに。


「ワンワンッ!」
「うわっ!」

家を出てわずか数十秒。僕の心臓を大きく鼓動させたのは、野良犬の鳴き声だった。それも結構大きい。
その鳴き声には明らかに敵意が含まれているように感じられ、牙をむき出しにしてう~、と唸っては、また大きな声でワンワンと吠えるのだった。

「な、なんだよぅ」

何故だか知らないが僕を敵視する野良犬。
その咆哮に戸惑いを覚えた僕は、思わず数歩後ずさりした。

べしゃっ。

後ろに下がった左足が感じた妙な感触。刹那、寒気が体全体を支配する。
恐る恐る、自分の左足が陥った状況を確認するため、首を動かす。
案の定、道路脇の下水道に僕の左足がはまっていたのだった。

最悪だ。

左足を引き上げ、道路に立たせる。
足元に、下水が滴り落ちる。泣きそうになってきた。
が、今はそんな場合ではない。急いで靴下を履き替えてこないと、学校に間に合わない。
僕は駆け出した。家に向かって。

ぐにゃっ。

前に踏み出した右足が感じた妙な感触。刹那、寒気が体全体を支配する。
恐る恐る、自分の右足が陥った状況を確認するため、首を動かす。案の定、僕の右足は――

犬の糞を、見事に踏みつけていた。
この糞が、先ほどの野良犬のものかどうかはわからない。

「あ」

犬の糞を踏みつけるのも何年ぶりだろうとか妙な感傷に浸っていると、僕の心の空模様を現したかのように、ぽたりぽたりと雫が空から降ってきた。
さっきまであんなにいい天気だったのに。僕と一緒に泣いてくれているのだろうか。
お空の気遣いに感謝しかけた時、ぽたぽた落ちてくる小さな雫は粒に変わり、粒はその量と落下速度を一気に増大させ、気づいてみれば…。

あっという間に、大雨となっていた。
その時、僕の目から涙が流れていたかどうかは、雨のせいでわからない。
僕は急いで家へ戻る。新しい靴下と新しい靴と、傘を装備するために。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第218号
ページ番号
4 / 16
この作品について
タイトル
~呪いをかけチャオ~
作者
宏(hiro改,ヒロアキ)
初回掲載
週刊チャオ第218号
最終掲載
週刊チャオ第219号
連載期間
約8日