(前編)ページ3
ところで、僕は幽霊とか呪いとかそういった類のものを信じていない。というのは強がりで、ホントは結構苦手である。
別に、幽霊に出くわしたことも、心霊現象を体験したことも無い。ただ漠然と苦手なのである。
しかし、それもシチュエーションによる。
お化け屋敷に出てくるのがグロテスクなお化けばっかりで、屋敷の中が真っ暗なのはなぜか。考えずともわかる。そうじゃなきゃ怖くないからだ。
飛び出してくるのが赤いリボンつけたかわゆい猫だったり、屋敷内が壁や天井全部ガラス張りで陽の光万歳な設計だったら、全然怖くないだろう。そこまでいくと、既に人を怖がらせることを放棄していると言わざるを得ないが。
そんなわけで、僕は目の前のチャオの言葉を聞いても、恐怖と言う感情は微塵も沸いてこなかったのである。
現在は誰がどう見ても朝真っ只中。雲ひとつ無い快晴であることが、窓の外を見てわかる。ふわふわの春の陽気が部屋の中にまで充満しているようだ。
そんな明るい雰囲気を漂わせるわが部屋の中で、ちっこくて丸っこいぬいぐるみみたいなヤツに、「呪いをかけた」なんて言われても信憑性皆無、恐ろしさ皆無だ。
僕はチャオに聞き返した。
「なんだって。何をかけたって」
「聞いてなかったの、人の話はちゃんと聞きなよ」
朝っぱらから不愉快な気分にさせてくれるヤツだ。
何で不法侵入者の分際であるコイツに上からモノを言われなければならないんだろう。言っているコトは正しいだけに余計に腹が立つ。
「呪いだよ、呪い。漢字わかる?口に兄と書いて呪いだよ。意味はわかる?」
思わず拳を振り上げた僕を誰が責められよう。
僕は急激に沸きあがってきた感情を抑え、ため息という形にして吐き出した。
もう、なんかどうでもいいや。
僕がどれだけ不愉快になろうが怒ろうが、時間は待ってはくれない。僕はコレから学校へ赴かなければならないのだ。
さっさと支度をして学校行こう。帰ってきた時追い出せばいいや。それまでに勝手に出て行ってくれたらいいけれど。
重い足取りで部屋を出ようとする。
ふよふよと宙に浮かんだチャオが、後ろからついてくるのがわかった。
「なんだよ、ついてこないでよ」
「だって僕と一緒にいないと、災いが降りかかるよ」
災いだって。
キミが僕の目の前にいること自体、軽い災いだよ。
で、キミと一緒にいないと災いが降りかかるだって?
「どうしてさ」
「だから、呪いをかけたからだってば」
そっか、呪いか。それは大変だ。
「いい、この部屋から一歩も出ないでよ!」
多分に怒気が交じった声でチャオに命令した後、バタン!と音を立ててドアを閉める。
まったく、何なんだアイツは。
いったいどこから入ってきたのか。窓の鍵閉めていなかったかな。
それにしても人の部屋に勝手に入り込んでおいて、よくもあんな態度をとることが出来るものだ。
だいたい、呪いって何だよ。災いって、何が起こるって言うんだ。何で僕が呪われなくちゃならない。
一日の始まりとしては、キャンプ地に着いた後にテントの持参を忘れたことに気づいたぐらい、好ましくない気分である。
頭の中で思いつく限りの愚痴を並べながら僕は歩く。
この後の出来事によって、僕は『モノを考えながら歩いてはいけない』という教訓を悟ることになる。
ぶつぶつ呟きながら前進する僕はそのことに気づき、気づいた時には時既に遅しだった。何に気づいたか。
僕の部屋は二階にあり、下へ降りるには階段を使わなければならないというコトだ。
階段を踏み外した僕は、演技ではなくリアルな階段落ちを経験した。
頭は打っていないが、体のあちこちを打った。いってー、と力なく呟く。
「ほぅら、早速の災いだ」
無様に、仰向けに倒れこんだ僕を見てそう呟いたヤツ。思い当たるヤツはアイツしかいない。
部屋から一歩も出るなと命令したはずの不法侵入チャオが、早々に言いつけを破って部屋からてきて、僕の目の前まで下りてきてそう言ったのだ。
もし今僕の右手に果物ナイフが握られていたら。絶対に刺さないという確信は持てない。
「現代っ子の考えることは怖いなぁ。カルシウムが足りないからすぐ切れちゃうんだよ。牛乳をたくさん飲みなさい。その短い背も伸びて一石二鳥だよ」
果物ナイフ、どこかに無いかな。