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「ガアアアア」
この声だ。ガーデンのエレベーターの時に聞こえたこの声。
痛みを感じて自然に出てしまう声なのか?男は…女を見ずに真っ先にマンションに向かう。
その時、手首に痛みを感じた。マンションの入り口。ずっと開放してある、透明なガラスが張ってある入り口。
確かに、手首を見た。手首に…クモがいたのだ。
下を見る。クモの大群が…。
後ろ…女は…。
女がいない!?
緊急事態。男は声も上げず恐怖に体を動かせなかった。
女がいた場所からクモがここまで歩いてきた。群れを成して…。おぞましい。
「ここだよ、ここ」
後ろから声。マンションの一階、つまりこのフロア。
あの女の声…。
「助けてくれてありがとう……。死ぬかと思った」
そのまま、涙を浮かべながらその女は走り去る。
手に激痛が走る。目を下ろして見ると大きな穴が開いていた。
貫通こそしていないが、その名の通り、大きな穴だ。
クモがそこから強引に入ってくる。何匹も、何匹も男の体に!
「近寄るなああああああ!!」
その手に持っていた、もう一本のナイフを空いているもう一つの手に持ち替えて、突き刺した。
クモと一緒に突き刺したのであった。抜いて、何度も何度も突き刺した。手首へ、そして腕へと入ってくるクモも手首、腕ごと。
痛みは感じない。激痛が走った、手の痛みが最後だ。
クモの死骸で埋まった腕から手。少しも動かせない。
安心はできない。余計に下にいるクモの群れに恐怖する。
一応、肌が見えないような服装であるが…何か妙だ。
その時、もう一方の手までクモが歩いてきているのを見た。背中…背中なのか?
瞬間。その時だ。男は走り出した。クモを踏み殺しながら、駅の方へと。
後ろを見ると、クモは追いかけてきている。
既に体に登ってきていたクモを手を振り回しながら走ったのだが…落ちない。
もはや駅じゃ間に合わない。こっちが喰われたら終わりだ。
時間はこのクモに関わってからずいぶんと経っている。あの、子供から都市伝説を聞いた時からだ。
夕暮れ時だ…。波打ち際では、それをわざわざ見に来た観光客もいる。
駅の近くまで…いや、駅まで来た。柱の裏側に回り、思いっきり背中を叩きつける。柱に何度も叩きつける。
クモがバラバラと下に落ちる…。当然、こんなことをしたかったんじゃない。
近くの壁でもできたし、そもそも駅に行くことを目標としていたのだ。
次は柱に腕を叩きつける。クモが潰れながら、落ちていく。気持ち悪い。
結構大きめなのが精神的に来る。クモは果たして、まだ追いかけているのだろうか?
駅に向かって右側の柱の裏側にいた男は、ここまで来た道を見ることができた。
だが…見つけることはできなかった。あきらめたか?と日がどのくらい沈んだかを見るために柱から体を出すと…
予想外。いたのである。ちょうど真横。柱の真横に、群れがいた。
今度は我先にと男に引っ付いてくる。
背中から、腹から、登れるところは登ってくる。
恐怖ではなく、脱力が男を襲う。小さくつぶやいて、男はその場に倒れこむ。
「これは夢だろう」 と…。
気付いた時にはもう夜だった。
周りには人だかりが出来ていた。電車に用は無いだろう?あんたら会社員は…。
警官がテープを張って囲んでいるようだ。男は倒れこんだまま周りを見渡し、よく思い出した。
クモに襲われた。これだ。クモ…クモは?
ナイフで何回も突いた腕は治っている。おかしなところは一つも無い。
柱の後ろを見て、クモの死骸を探した。簡単に見つかった。あの数だもんな。
だが、その死骸で一つ、浮き彫りになった真実がある。
あれは夢じゃない。現実に起きたことだ。
「すみません、何があったのか説明お願いします」
白衣を着た男性と、警官服を着ている男性…。医者と警官、か。
白衣を着てるとか近くから急いで来たんだろうな。周りには器具などがある。
医者が男に質問をする。
「どこかを打っていたりしませんか?治療が必要ならば、最寄の病院をご紹介します」
この街の病院はいくつかあるが、どれも無償での治療を行ってくれる。
無茶も出来るということだが、人間は柔らかい。すぐに崩れてしまう。
男は無表情に、その医者の質問に返した。
「どこも痛く…」
そう言い出したところだった。
衝撃的な光景。黒い物体…。人間が四つんばいした程度の大きさのあの黒い物体が。
無数の物体が群れを成して街の奥からやってくる。そんな…。あの子供が変化した姿と同じ。
口々に、「新しい主人」と言っているのが聞こえる。どうしてだ…。
通りがかった人を次々に食い殺しながら、走ってくる。
そのときだ。男は一つの言葉を漏らした。
「おなかがすいた」
一瞬にして、周りにいた二人は消えた。
男には何がなんだかわからなかった。急に消えているものだから。
ちょうど男の近くから声がしたのはわかった。後ろを振り返ったり、声の主を探す。
「どこだ!?」と叫びながら、慌てて探す。
そして、一つの事実にやっと気付いたのだ。声の主は自分だ。自分なんだ。
口から何かが出ている…。これは… 血