『ナックルレッド』 多分俺だけでは最弱だったんだ。
―空手でも優勝して、剣道でも優勝して・・・。
つまり、武道では何でも優勝したんだよ、俺は。
女の人と二人でやって来たその男は雄弁を振るった。
人があまりいない路地の片隅に小さく建つ店、
その名は「ナナイロバー」という。
マスターは、ちょこんとしているが迫力のある
ダークライトカオスチャオだった。
常連は『ダーカ』と呼んでいる。
そして、今日もマスターに誰とも無く現れた人間が、
いつも文句を振りまいて、元気を付けてもらうのだった。
―じゃあ、話を始めていくよ。マスター。
俺はある時病弱なコに惚れてしまってさ。うん。
まぁ、そのままよく話すようになって両想い?な感じになって。
それからは普通に二人で過ごすことが多くなったよ。
俺の大会も毎回見に来てくれた。
俺が優勝したらそのコも心から喜んでくれた。
―今思うと、あいつがいたからこそ俺は最強だったのかな?
男は少し照れくさそうに笑ってダーカに理解を求めた。
ダーカは少し笑って無言で頷いた。
―だけどな、それだけだったら今の俺はもっと違っていたはずなんだ。
ある日、その日も大会に参加していたんだ。剣道だったっけな。
すると、その時いつも見に来てくれるそのコがいなかったんだ。
俺は少し疑問に思いつつも、試合を始めた。
あの時だけだったような気がする、俺が負けたのは。
一ボツだったような気がするよ。しかも俺よりも下の奴に。
悔しくて悔しくて。でも、俺の責任には出来なかった。
有頂天になっていたんだよ。
絶対、他の人に責任がある・・・勝手にそう解釈して。
そして、俺は何故か、怒りをそのコにぶつけてしまったんだ。
『なんで来てくれなかったんだよ!負けちまったじゃねーか!』
ってさ。
後から知った話だけど、あの時はそのコの父が死んで、
葬式があったらしいんだよ。
そりゃ、大会に行きたくても来れないはずだよな。
でも、俺は理由を聞かずにただ怒りをぶつけたメールを送って、
その後そのコから来たメールも全部無視して消し去ったんだ。
・・・馬鹿だよな。
俺は最強なんかじゃなかった。
人に責任をなすりつける、ただの弱虫さ。
後悔は先に立たず。ってよく言うよな。
あの時、俺は始めてそのことわざを信じたよ。
―そのコが自殺をはかったのさ。
男がくらい面持ちでそう言い放った。
女の人もうつむいている。
ダーカは無言で続きを求める目線を送った。
男は一口ワインを飲んだ後、続けた。
危機一髪だったよ。何とか助かったんだ。
で、原因は遺書となったであろう紙から分かった。
そこには、こう書かれていたんだ。
『私がいなくても、貴方は強いから。』
俺はあの時始めて泣いた。
それこそ絵本の内容みたいだけど一日中泣いた。
この一連の出来事で、俺は始めてを何個も作ったよ。
しかも、当たり前のような始めてばかりをさ。
そして、知った。
そのコは俺を心底信頼していたんだってね。
だって、そうじゃないと自殺まで追い込まれない。
今風でない、純粋に好きだった・・・みたいな。
一通り、男が話し終わるとダーカが質問をした。
―で、その後はどうなったのですか?別れたので?
―マスター、それは違うよ。あの紙の文章は嘘なのだから。
―・・・と言うと?
―俺はそのコがいたから俺は強くなれたんだ。
秘密を言おうか?
実は、あのコに出会ってから大会で優勝するようになったんだ。
そのコには俺は優勝をいつもしているんだ。っていっていたけど
本当はその前までは負けてばっかりだったんだ。
俺だけじゃあ、最強になれないんだ。誰だってそう。
チャオだってそうだろ?
最強と言われるチャオは良いパートナーが居るからこそ、
転生が出来てレースでも勝てるようになれるんだ。
―成る程。じゃあ、なんかドロップでも差し上げましょうか。
―それは良いな。赤色のが欲しい。
ダーカは『ナックルレッド』と呼ばれるドロップを一粒、
男に差し出した。
―とりあえず、アセロラ味ですよ、ちょっぴり酸っぱい。
―本当だな。でも、かすかに甘い・・・。
―貴方のやったことは非常に良くないことです。
―それは分かっているさ、マスター。
だから、俺はそのコを一生守ろうと思ってさ。
二人でいるからこそ強くなれたのだから。
こういうのなんて言うんだっけ?ぷらとにっく・らぶ?
男はそういうと、女の人に目配せした。
―ふう、このドロップをなめると勇気が出るな。
―それは作ったかいがありましたね。
―うん、勇気が湧いたよ。じゃあ、此処でいっちょやるか。
男は威勢良くポケットから指輪が入っているだろう、
小さな小箱を、緊張しながら隣の女の人に渡した。
それは、飼い主がチャオに実をあげるように、優しくて、
ちょっぴり不器用なこの男の生き様を映し出した。
『ナックルレッド』にはこう説明がされていた。
勇気と強さを兼ねているドロップ。
そして、大切な人を守る力の源。
終わり。