<前編>
―何でおまえはそんなにボクシングができない?
―何でおまえなんかがボクシングしてんの?
つらいことならさんざん言われてきた。
心は自分でも分かるくらい打たれ強い。
でも、体は何もできずに相手の攻撃を受け、
今日もぼろぼろのまま、ジムに向かう。
そう、今日も同じだと思っていた。
―そして、今日も何も進化を遂げず年老いるのか?
しかし、今日は違っていた。
その月明かりだけの道に、一つの影。
そして、話しかけてきた、その影。
―違うだろう?おまえは強くはなれるのさ。やり方が違うんだ。
そして、その影はダークカオスチャオだった。
―・・・何だよ。チャオごときがっ!
俺は思いきりダーカをけりつけようとした。
だが、ぴょんとかわされてしまう。
―遅いな。攻撃が見え見えだ、でも才能はあるな・・・。
―ちっ・・・で、俺に何のようだ?
―おめぇ、俺のとこに来いよ。おまえを強くしてやる。
―なんだと?何でチャオなんかに俺を・・・。
しかし、それを言おうとして、
ダーカが石ころを俺のほほすれすれに投げてきた。
ものすごいスピードだ。
俺はキャッチすることさえできなかった。
―こんな速度の石もとれないのか?さぁ、もう一度聞く。
来るのか?このまま終わるのか?―
俺はしばらく考えていた。
その感情はかすかな希望と大いなる屈辱だった。
俺はダーカをにらむ、そして、石ころを投げつけた。
―あぁ、ついて行ってやる・・・!
―そうか。それはいいな。
ダーカは石をぱっとキャッチし、あっさりと回答した。
ダーカは俺を裏路地で近道しながら、
近くのチャオ専用の小山の洞窟に入れた。
そこには、何もボクシングのトレーニングの施設は無い。
―(やっぱり、こいつはぼけてるだけじゃないのか?)
―さてと。じゃあ、今日は、この実を落としてみようか。
そこにあるのは凛とたった椰子の木だった。
その上に一つ、実がある。
―どんな取り方でもいい。あの実を落としてみろ。
―・・・俺をぱしるっていうのか・・・?
―それは実がどれだけ落ちにくいかで分かるだろ?
俺はちっ、と舌打ちをして思い切り木を殴る。
しかし、実は落ちるどころか木さえ揺れない。
俺は少し腰をひいてから、思い切り正面に蹴った。
しかし、木は揺れるだけで実は落ちてこない。
―どうした?俺だったら一撃で落ちるぞ?
―・・・畜生!
俺は怒りのためか体中の意識をフル回転させて、
腰を大きくひねり、右の拳を思い切り木にぶつけた。
俺の頭にごつんと実が落ちてきた。
―・・・なかなかやるじゃん。
―おまえにできることなら何でもやってやる。
俺はにやりとしながら、ダーカをみる。
ダーカも俺をみてにやっとする。
そこにあったのは先ほどの屈辱ではなかった。
次の日からは、ダーカも練習に加わった。
だが・・・。
ダーカはまずは左ジャブを何度も打たせた。
その日はそれで終了した。
次の日は何かあると思ったが、
今度はフットワークのみだった。
そして、次こそは・・・と思っていた次の日、
今度はストレートではなく、ガードの練習だった。
俺はとうとう我慢できず、ダーカに文句をつけた。
―何でおまえは俺に基礎練習ばかりさせるんだ。
―おまえがまだ下手だからに決まっているだろう?
―でも、ストレートぐらいさせてくれよ。
―何を言うか。ガードは大切な攻撃の一部だ。覚えとけ。
―・・・そういうならとことんついて行こうじゃないか。
俺はその後も基礎練習を続けた。
そして、試合にも徐々に勝てるようになったのだった。
得意技はアッパーだった。
実をとる練習で俺が実をそのまま殴ってとるようになったので、
そのために得意になったモノだった。
しかし、俺は自分でも得意といえる技がある。
それは、ガードだ。
俺は「傷無きボクサー」といわれるくらい、当たらない。
フットワークとガードで、パンチ一つ当たらない。
そして、最後にアッパーで決める。
それが、俺の試合だった。
俺はいつの間にか変わっていた。
ジムでも一目置かれるスパーリングをした。
以前のように馬鹿にしていたヤローどもも、
俺をランニングなどに誘ってくれるようになった。
でも、俺は俺の秘密の練習所を教えなかった。
―おい、どこにいつもいつも行っているんだよ~。
俺はにやっと答えた。
―「家」、さ。
ある日。俺は又例の練習所で練習をしていた。
すると、ダーカが岩にしろクレヨンで、
∞
という文字を書いた。
―無限・・・?それがどうしたんだ。
―いや、まだ書いている途中だ。
そういうとダーカは、
一部の部分を消し、
∝←
という風に書き直した。
―何だ?この絵の文字の意味は?
―無限はいつか終わる・・・そして、そこに抜け道がある。
それを人間は「夢」という・・・。
俺がおまえにとっておきの必殺技を作ってきた・・・。
その名も、夢限。