もみの木の夜明け~イブの夜

クリスマスイブの夜。
みんなが寝静まった時間帯に、ひっそりとガーデンに忍び込む一つの影があります。ソニックです。
ソニックは物音を立てないよう、慎重な足取りでチャオたちの寝ている側までやってくると、手に持った袋の中身をあさり始めます。
絵本や、人形や、電車の模型……
それらを一つずつ、チャオの寝ているそばに置いていきます。
中にはあらかじめ靴下を用意して寝ているチャオもいました。そんなチャオには、ちゃんと靴下の中に入れてあげるように、丁寧にプレゼントを配ります。
実はこのとき、一人だけ眠っていないチャオがいました。おでかけマシーン近くの、ダークチャオが、チャオにはチャオの深い悩みごとがあって、それを考えていたらいつのまにか、ぜんぜん眠れなくなっていたのです。
ダークチャオはぎゅっと縮こまって、チャオガーデンに入ってきた不審な人物がプレゼントを配る小さな音を、耳を澄まして聞いていました。
それは用意してきたプレゼントを全て配り終えると、忍び足でチャオガーデンを出て行きます。
たった一匹、何のプレゼントももらわないチャオを残して……

しばらくして、もう一つの影が、チャオガーデンに物音一つ立てずにやってきました。
暗闇なので、姿形ははっきりとはわかりません。でも、ソニックと比べると、ずいぶんと大きな背丈をしています。
間違いない、人間のシルエット。
その人はチャオガーデンの斜面をのぼって、おでかけマシーンのところにやってきて、そこに眠っている……ふりをしている、一匹のダークチャオを見おろしました。
「ああ、この子にプレゼントをやっておらんじゃないか」
ダークチャオの耳に、しわがれた低音の声が聞こえてきます。今までに聞いたことの無い声色に、どきどきするダークチャオ。
「おっと、いかんいかん」
さっきのは遠くでプレゼントを配っているだけでしたが、今度の人は、ダークチャオのすぐ側にいるみたい。
いったい、だれ?
ダークチャオは好奇心がまさって、つい、うっすらと目を開けてしまいました。
太った体に真っ赤な服を着た、ひげもじゃの、おじいさん。
「なんと、起こしてしまったか」
気づかれてしまいました。
「さ、サンタさんちゃお!?」
赤服のおじいさんはダークチャオの驚いた声で周りのチャオが起きてしまっていないことを確認してから、ダークチャオの方へ目をやりました。
「おじいさん、怪しい人ちゃお?」
チャオ幼稚園で習った怪しい大人のことを思い出しながら聞きます。
「いいや、わたしは怪しい人ではないぞ」
「じゃあサンタさんちゃお?」
口ひげをいじりながら答えるおじいさん。
「まあ、そのようなものかの」
途端に、ダークチャオの目がきらきらと輝き始めます。
「じゃあチャオにプレゼントを……」
と、言いかけて、ダークチャオの言葉が途切れました。
「ううん。なんでもないちゃお」
「どうしたんじゃ?」
「サンタさんには関係ないことちゃお。もう寝るちゃお。おやすみなさい」
そう言って、ダークチャオは、ごろんと横になって目を閉じました。
「まあ、待つのじゃ」
サンタさんは、ダークチャオにやさしく話しかけます。
「ついてきたら、いい物を見せてあげよう」

サンタさんのそりは街をびゅんびゅんと駆けていきます。
トナカイもいないのに地面をすいすい走っていくさまは、まるで自動車みたいです。
「ねぇ、何を見せてくれるちゃお?」
車で言うところの助手席に、ちょこんと座ったダークチャオは、サンタさんに聞きました。さっきから数えて五回目の質問です。でも、サンタさんはこういうふうにして聞くたびに、どうにも答えになっていないことを言ってごまかすのです。
「もう少ししたら、着くじゃろう」
ダークチャオは、何も教えてくれないサンタさんに、ちょっと不満顔。
やがてそりは街を出て、住宅街をくねくねと走り、いつのまにかただっぴろい野原へとやってきました。
野原の真ん中には、一本のもみの木が生えています。サンタさんの身長と比べても、その十数倍はあろうかという、大きなもみの木です。
サンタさんはそりを、そのもみの木のすぐ横に停めました。
「ここじゃよ」
「ここが、どうかしたちゃおか?」
ただ広いだけの野原。そこにはもみの木と、あとは何か特別面白そうな物があるわけでもありません。
聞かれたはずのサンタさんは、黙ってにこにことしています。
「また教えてくれないちゃおか!」
ダークチャオはほおを膨らませ、ぷんぷん腹を立てながら、そりを降りました。
でも、この人はサンタさん。ちょっと期待してしまうところもあります。
探せば何か見つかるのかもしれないと思ったダークチャオは、ずんずん奥へと、野原を歩き始めました。
ステーションスクエアに、こんな広い野原があったなんて。
無限に続くのかと思われるぐらいに、どこまでも野原は続いています。
しばらく進んでから、ダークチャオは少し心細くなって、後ろを振り返りました。
でも、そこには少し小さくなったもみの木が見えるだけ。
本当に、サンタさんはこんなところにダークチャオをつれてきて、何をしたかったのでしょうか。
その疑問は、唐突に解けました。
ダークチャオの足が止まります。
そこから先、野原が、すっぱりとなくなっていました。
高い崖が、野原とその下の林とを区切っています。
そして、なによりもダークチャオが驚いたのは、崖から臨むその景色でした。
この街、ステーションスクエアの全てが、そこにはありました。
高くそびえるビルの連なりに、きらめくイルミネーション。街の中心はまるで世界中の宝石が集められたみたいに輝いて、ダークチャオのほほを照らします。
ビルの背景が切り取る夜空と、まっすぐに走る地平線。
その地平線を、海にかかった吊り橋が縦断しています。車の光の小さな点が、ちかちかと流れていきます。
ステーションスクエアがこんなに奇麗な街だったことに、ダークチャオは初めて気がつきました。
ダークチャオは思わず駆け出しました。
崖に沿ってどれだけ走っても、どこまでもどこまでも、この街並みが連なっています。
そこでダークチャオはふと思い立って、思い切り方向転換。
「サンタさん! サンタさん!」
サンタさんにお礼を言わなくちゃ、そう思ったのです。
もみの木に向かって一生懸命走りました。走って走って、そして、もみの木までたどり着いたとき、きょろきょろと辺りを見回しました。
サンタさんと、サンタさんの乗っていたそりが、跡形もなく、なくなっていたのです。
「サンタさん! すごい景色ちゃおね! サンタさん!」
ダークチャオはサンタさんがどこかに隠れているに違いないと思って、もみの木の周りをぐるぐると駆け回りました。
でも、いないのです。
ついさっきまでそこにあったはずのそりは姿を消し、あるのはただ、ひんやりとそびえ立つもみの木。
走り疲れたダークチャオが、息を荒げて立ち止まったとき、言いようのない絶望感がダークチャオを襲いました。
サンタさんがいないと、帰り道がわかりません。
辺りは真っ暗で、目印となるのはこのもみの木ぐらい。当然、今まで来た道順も、ダークチャオはほとんど覚えていません。
ダークチャオは、怪しい大人についてきてしまったことを後悔しました。
見渡す限りの野原には、冷たくて重たい冬の空気が満ちています。
人の気配はどこにもなく、周りに何も動きが感じられないことが、逆にダークチャオの背筋をそばだたせます。
このままずっとここにいたら、誰かに見つけてもらう前に、凍えて死んでしまうことでしょう。
あれはサンタさんじゃなかったんだ。と、ダークチャオは思いました。
クリスマスイブの夜に起きていたから、罰が当たったのかもと思いました。
だとしたら、あれはダークサンタさんで、チャオには到底かなわない、恐ろしい力を持っているのです。
けれど、プライドの高いダークサンタさんは、自分自信で悪い子チャオをいじめるようなことはしません。
ダークサンタさんは、この原っぱに悪い子チャオをつれてくるだけなのです。そして、そのチャオたちは、いずれ食べる物がなくなったり、寒さに耐えかねたりして、自分の肉体に火をくべ始めます。
自分の右腕が焼けると、暖かい暖炉や、やしの実の幻影が炎の中に浮かびます。
でも、それも一瞬で消え、あわててチャオが左腕に火をつけると、今度はやさしいソニックがだっこしてくれている様子が浮かびます。
それを見たチャオは、どうしてもその幻影がもう一度見たくなって、自分の持ちうる全ての肉体に火をつけて、非業の死を遂げるのです。
唯一、頭の上に浮かぶポヨだけを残して。
ポヨはこのもみの木の葉となって、永遠に助けを求め続けています。
何千年も、昔から。

このページについて
掲載号
チャオ生誕10周年記念特別号
ページ番号
2 / 4
この作品について
タイトル
もみの木の夜明け
作者
チャピル
初回掲載
チャオ生誕10周年記念特別号