もみの木の夜明け

何はともあれ、ガーデンに帰らないといけないと、ダークチャオは思いました。
所詮ダークサンタさんなんて妄想です。妄想の方がいいです。
ダークチャオは目を閉じて、どの方角へ行くべきか真剣に考えます。
そりにのってダークチャオが来たのは、景色のいい崖とは正反対の方向。でも、本当にそちらへ向かうべき?
……とりあえず街の中心を目指そう、と、ダークチャオは思いました。
街の中心はあんなにきらきらしているのだから、方向をまちがえるはずはありません。それに、街へ行けば、人に道を尋ねることもできるはずです。
ただし、この作戦には、いくつかの問題がありました。
街ともみの木との間には、まず崖があります。それに崖を降りたところには林があって、その先の道筋はまったくわかりません。
いくらクリスマスイブとはいえ、今の時間は深夜。街の中心まで行かないと、人と会える保証はないのです。
どうすればこの崖を越えられるのか……
ダークチャオは空を飛ぶことに関してには、ちょっと自信がありません。彼はオヨギタイプなのです。
回り道はないかと思って、崖伝いに歩いていくと、茂みが見つかりました。その茂みから飛び降りれば、他のところから飛び降りるのに比べて、ちょっとだけ高さが低いみたいです。
ダークチャオは茂みをかき分けながら、わずかに前へと進み出ました。
茂みの葉っぱはちくちくしていて痛かったけれど、気にしていては、帰れません。
そして茂みを抜けたところからジャンプ! するのには勇気がちょっと足りなくて、崖をずるずると滑り落ちるような感じになってしまいましたけれども、それでもちゃんと、ダークチャオは、林に降り立つことができました。
まだ体のあちこちがずきずきします。が、それ以上に、ダークチャオは崖を乗り越えたことに強く達成感を感じていました。
「行ける……ちゃお?」
ダークチャオは林の中を歩き始めます。林の中に入ると、ついさっきまでは見えていたダイヤモンドみたいな街もたくさんの木の葉に隠れてしまって、どこもかしこも同じような景色で、下手をすると迷ってしまいそうです。
それに前に降った雨のせいなのか、地面が変にぐちょぐちょしていて、いやでも気持ち悪い足の感触。
ダークチャオは木々の間隔が広くなっているところを見つけ、なるべく迷わないように、直線的に、曲がるときも道順をしっかり覚えるようにしながら歩いていきます。
これで、もし道に迷ったとしても、後戻りができるようになります。
この工夫、ガーデンのお友達に言ったら、そんけいされるでしょうか?
ガーデンのお友達。
ダークチャオの脳裏に、一匹のチャオの姿が思い浮かびました。
あの子に今日の武勇伝を話したら、自分を見る目を変えることができるかもしれません。いや、もっといいアイディアがあります。あの子にも、今日見た景色を紹介してあげるのです。
でも、そこまで思いついてから、ダークチャオは不安になりました。
「チャオにちゃんと誘えるちゃおか……」
口に出してしまって、ダークチャオはますます不安になりました。
そんなダークチャオの心に映し出されるのは、あの景色。あのすてきな夜景だったら、ぜったいあの子も見たいと言うでしょう。
そう考えると、ダークチャオの体の中には、まだまだ力が湧いてくるような気がしました。
「よーし! ぜったいに帰ってやるちゃお!」
真っ暗な林の中を、道順を覚え忘れないようにしっかりと踏みしめていきます。

二十分近く歩いたでしょうか。
気がつくと、ダークチャオは林を抜け出して、市街地へとたどり着いていました。
遠くから見るとあんな光景だった市街地が、近くで見るとまた違った顔を見せてくれます。
街をきょろきょろしながら歩いて、ダークチャオはふと、ここが以前来たことのある場所であることに気づきました。
ソニックにつれられて、昔歩いた道でした。
あのときは昼間だったので、夜のステーションスクエアをまったく知らないダークチャオがすぐには気づかなかったのも当然です。
でも、一度気づいたからには、もうチャオガーデンに帰れたようなものではないですか!
ダークチャオは嬉しくなって、夢中で記憶の中にあるソニックとここまで来たときの道筋を辿りながら駆け出しました。
夢中で走って走って走って、へとへとになりながらも、ダークチャオは、チャオガーデンの入り口へと戻ってきました。
真夜中なので、みんなはぐっすり寝ついていました。が、ダークチャオは今夜の大冒険に興奮して、とても眠る気分にはなれませんでした。
知力と体力を総動員して、普通のチャオなら迷子になってしまうところを、ダークチャオは一匹だけで生還できたのですから、今でもどきどきして、本当に帰って来れたのか信じがたいぐらいでした。

ダークチャオはガーデンの池に浸かって、体についた泥を落としながら、思いました。
「早くあの子を起こしてあげないと、あの夜景が終わっちゃうちゃお……」
寝ているヒーローチャオを起こすのにダークチャオは少し躊躇しましたが、そんな細かいことを気にしているわけにもいきませんでした。今夜渡さないと、クリスマスプレゼントにならないのです。クリスマスに好きな子とデートしてあの景色を見せてあげれば最高のクリスマスプレゼントになると、ダークチャオは確信していました。
ダークチャオは、テレビの側で寝ていたヒーローチャオの体を揺すります。
「起きて! 起きてちゃおー!」
「う、うーん」
ヒーローチャオはひどく不機嫌そうな顔をしながら大きく伸びをして、目の前のダークチャオを見て、それから隣に置かれている薄っぺらい包みを見て、今度はひどくがっかりした表情になりました。
「PS3じゃないちゃおかー。サンタさん、いじわるちゃおよー」
そうつぶやいてから、目の前で妙ににこにこした表情をしたダークチャオの方を見やります。このダークチャオ、いつもはおでかけマシーンのほうでいじいじしていたダークチャオです。
ヒーローチャオは不思議に思って聞きました。
「どうかしたちゃおか? ダークチャオくん」
「来てほしいところがあるちゃお! すごいものが見られるちゃお!」
ダークチャオは、つい先程の景色と冒険の興奮を伝えようと一生懸命です。
「ふーん。どのぐらいすごいちゃおか?」
「ソニックワールドアドベンチャーより、すごいちゃお」
「行く」

というわけで、ダークチャオはヒーローチャオをつれて、さっきは帰り道だった道を、今度は逆向きに進んでいきます。
すぐ後ろをヒーローチャオがついてきます。
気分はお姫様をエスコートするナイトです。
「えー、こんな夜中にチャオガーデンの外に出るちゃおか?」
と、最初は渋っていたヒーローチャオでしたが、ダークチャオのしゃべり方があまりに楽しそうだったので、つい、行ってみようかなという気分になってしまったのです。
「この林は、ところどころに沼みたいなのがあるから、気をつけるちゃお」
「うん、わかったちゃお!」
ダークチャオは迷いなく暗闇の林の中を進んでいきます。
そうすると、意外にすぐにあの崖にまでたどり着きました。
上から見たときはとても高い崖だと思っていましたが、下から見ると、つみき岩よりもずっと低い高さだとわかります。ダークチャオは少し拍子抜けしましたが、今はヒーローチャオといっしょなのだからその方が都合がいいのだと、すぐに考えを改めました。
「さあ! この崖をのぼったら、もうすぐちゃお!」
「うん……」
少し頼りなげに答えるヒーローチャオ。
ダークチャオはヒーローチャオの先に立って崖をのぼります。ヒーローチャオも、ダークチャオのしっぽを追いかけるようにしてついてきます。
ダークチャオは両腕に力を込めて、崖の上の野原へと足をかけました。あのもみの木が、視界に飛び込んできます。
野原に立って、ステーションスクエアの夜景を臨みます。
よかった。日の出までには、間に合っていました。
「ほら! すごい絶景ちゃおよ!」
「うぅん」
崖の下の方から、苦しい声が聞こえてきます。
「大丈夫ちゃおか?」
ダークチャオが見おろすと、ヒーローチャオが崖に捕まって、落ちまいと必死に耐えていました。
実はヒーローチャオ、崖のぼりは苦手でした。
「うぅん」
「待ってるちゃお!」
ダークチャオの伸ばした右手が、ヒーローチャオの左手をつかみました。
ヒーローチャオは、自分の体重が急に軽くなったように感じます。そうしてそのまま、引っ張り上げられるようにして、野原へと転がりこんだのです。
「うわぁ」
ヒーローチャオの表情に、花が咲きました。
ステーションスクエアの街の光はダークチャオが来たときよりも少し和らいでいたものの、ほんのりとやさしい灯火のように、暗闇の中に浮かび上がっていました。
しばらくヒーローチャオはそこに立ちすくんで、ずっと景色を見ていました。
視界を横方向にまっぷたつに分ける地平線と、道路を走る車の小さな光の点と、眼下に映える崖と林と、見上げれば夜空の星々とが、渾然一体となって、二匹のチャオを取り囲んでいました。
ダークチャオは、ずっとこのままヒーローチャオといたいと思いました。
でも、時は無情に過ぎていくもの。
二匹の背後、もみの木の方から、やんわりと朝焼けが顔をのぞかせ始めます。
それといっしょに、天上の星は消え、街の光は太陽の光と溶け合い、暗黒の林はただの林へと姿を変えていきます。
二匹だけの夜が、終わっていきます。

ダークチャオは何気なく自分の手に目を落とし、それがヒーローチャオとずっと手をつないでいたことに気づいて、今になってどきどきしています。
ヒーローチャオの方はというと、にこにこしながら夜の終わりを見届けて、でも、ダークチャオの手をしっかりと握り返しています。
「あ、そうだ!」
そう言ってヒーローチャオが手を振りほどいてしまったので、ダークチャオは少し残念な気持ちになりました。
「ちょっとまっててね~」
ヒーローチャオが取り出すのは、夜中にサンタクロースが置いていったあの包み。
中を取り出すと、スケッチブックとクレヨンのセットが出てきました。
「描いてあげる!」
そう言ってスケッチブックのページを開き、もみの木の方を向くと、クレヨンを構えます。
「景色がきれいなのは、あっちちゃおよ?」
ダークチャオが海の方向を手で指すと、
「動くな!」
ヒーローチャオのスルドイ声で、ダークチャオの動きが止まりました。
「フッフッフ、すぐにできるちゃおからね~」
ダークチャオは金縛りにあったみたいに、うなずくこともできず、その場でかちこちに体を固めます。
スケッチブックにはさらさらと、もみの木と、それを背景に立つ二匹のチャオの絵が描かれていきました。
二匹のチャオが手をつないでいるのを見て、ダークチャオはちょっと嬉しくなりました。
「できたちゃお!」
ヒーローチャオが、スケッチブックをひっくり返して、ダークチャオに向けます。
前見たときはあんなに堂々とそびえていたもみの木が、今では小さなもみの木にしか見えません。

「ん?」
ダークチャオは、絵の中のもみの木に、少し変なところを見つけました。
「ここに青い何かが描いてあるチャオけど、何ちゃおか、これ?」
聞かれて、ヒーローチャオが手をもみの木の方に向けます。
「これは、ほら、あそこにいる、青い鳥みたいやつちゃお」
ダークチャオは後ろを振り返りました。そして、目をこすりました。
野原のもみの木はさらさらと、風もないのに揺れていました。

このページについて
掲載号
チャオ生誕10周年記念特別号
ページ番号
3 / 4
この作品について
タイトル
もみの木の夜明け
作者
チャピル
初回掲載
チャオ生誕10周年記念特別号