[[ .5 ]]

大分痛みが引いた。
頭に手を当ててみたところ、やはり血が出ていたようでザラザラとしたかさぶたを触っている感触がする。
視力の低下は著しい。すごい速さで目の前がボヤけていく。
後頭部へ当たってしまったことに関係があるのだろうか。元々、極端な不幸がそうさせているのか。
糸人形に操られていくように、その場に立ち上がる。そこで、一つの重大なミス。
少しで済むミスを犯してしまったが、特に重大ではない。
歩くことが苦しくなっている今、行くべき方向が分からない。混乱してしまっていた。
店はどっちなのだか分からない。だが、無駄に体力消費をするわけにもいかず。
しばらく考えて、とある博打に出た。
スーツの上着をチャオに被せ、ボタンを付ける。つまり、チャオを中に包む。その後手を離す。
テーブルの上まで簡単に飛んでいくことから、飛行能力は優れていると仮定。
そして、僕になついていない。そこが問題だ。
自分の家であったあの店に戻ろうと、チャオは嗅覚やら何やらで店に戻ろうとする。これを利用した。
袖を掴んでいる僕はそのまま袖を自分の方向に引っ張る。方向が分かったので、上着を着て立ち上がる。
「やめてチャオ~」
チャオが必死に抵抗をする。逃げられると思ったのだろうか。
なんかここらで僕が悪人のように思えてきた。不幸は僕だけに訪れるとしたら、サポートをしてくれるだけでも老婆に手伝ってもらいたかった。
だけれど、女性に頭を下げることもしたくは無い。自分一人でやることにする。
方向を考えて、壁をするようにして移動。
上着がボロボロになるが、いざとなったら裁縫で直せばいい。仕事に戻れるか分からないのもある。
しばらく路地を歩いていると、いきなり頭やら体やらが水に濡れる。
「あー!ごめんなさい!」
水撒きをしているところに僕が歩いてしまったようだ。
そんなに熱いか?今。僕が単に頭に血が行っていないからかもしれないが。
頭はさっき物凄く熱く、とろけるような感覚さえしたというのに今は氷のように冷たい。
不安を覚えながらも、濡れたまま歩くことにするのである。
視力はもうほとんど無い。他にもいろいろ失う可能性がある。
極端な不幸とは一体なんなのか。水晶玉の疑問は解決する見込みがあるのか。
水晶玉は単に偽者で、それを見破れるかのテストなだけだし、極端な不幸はそのまんま。これが結論。
どうでもいいことは今考えない。
そんなことを考えながら歩いていると、突然壁にぶち当たる。
突き当たり。やっとここまで来た。
右に曲がる。その時、歓声が聞こえた。
頭の上から音も何も無く、何かが落ちてくる。触ってみると卵のような感覚。
「ドッキリカメラです!」
と言ったのはいいものの、最後の方はしどろもどろ。発声がしっかりしていなかった。
きっと仕掛ける対象を間違ったんだろう。不幸だからな。僕は不幸だ。
そのまま右に曲がり、ホテルに向かう。
壁伝いに移動し、なんとかエレベーターに入る。
やっとガーデンに辿り着いたという達成感とともに、チャオの足蹴りと視力が元に戻る感覚が物凄い。
チャオを強引にガーデンに置き、元に戻った視力でエレベーターに乗り込む。
エレベーターの目の前の扉。自動で閉じる、あの扉が閉まる瞬間、ガーデンの中で悲鳴。
急いで上に戻る。ガーデンの中。チャオが一匹だけいる、ガーデンの中。
チャオが倒れていた。一体なぜ?
体外には何も無い。口の中を見てみると、舌に衝撃をくわえたらしく、痙攣して息が吸えなくなっていたという。
なんとか息をさせようと、人工呼吸を試みた。動かない。その場で俺は泣いた。

ガーデンに木の実と一緒にチャオを埋め、老婆の店に向かう。
ドッキリカメラだかなんだか分からない集団も、水撒きをしている人も、植木鉢を落とす人ももういない。
難なく店についた僕に、老婆は声をかける。
「お帰り。ダメだったみたいだね。やはり私が行くべきなんだねぇ」
そういう老婆の横に、あのチャオがいる。
「やっぱりここがいいチャオ!」
そんな問題じゃねぇだろ。僕が埋めてきたはずだった。なきがらを、きのみと一緒に埋めたはずだった。
「どうして?」
僕が漏らした一言に、老婆は返す。
「チャオ自身が悲しい運命を辿っているんだよ。水晶玉さえ壊せれば、こんな不幸は無くていいのにねぇ」
聞いていると、このチャオは死ねない運命にあるという。
良く分からないが、要するに不死である。体に異常も無いので、放っておいても大丈夫だというのだが。
死ぬと、その数分後に水晶玉から生まれるという。まったく同じ状態で、死ぬ直前の状態で。
水晶玉は水晶玉ではなかった。
「申し訳ありません」
頭を下げた。
何かを失敗した気になった。それはそうだ。失敗したんだ。
「君は中々頭がいい。何かに耐える、自分を変えるという努力も見え隠れしている。
私と一緒に水晶玉を壊さないか。生は死があるからこそ美しい」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第219号
ページ番号
5 / 6
この作品について
タイトル
「道端に落ちている仮説」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第219号