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老婆の言う言葉には、独特の迫力とひと時の恐怖がある。
水晶玉。現物を見せられて、ようやく納得する。こんな大きなものだが。
そういえば、水晶玉とはそんなに軽いものなのか?この老婆は力が強いのだろうか。
どこから見てもそうは思えない。それに、こんなに大きな水晶は希少どころじゃない。
アメジストなど、少し色の混じったものも発掘されたものには存在する。
これはどこからどう見ても無色透明。薄暗いが、自分の肌の色がろうそくに照らされ、少し色が変化している。
そこから考えて、無色透明だという結論を出した。色がついていればもっと内部が複雑になっていてもいいんだ。
だが、良く見れば内部に何かある。これは波のようであり山のようである。そんな模様が内部にある。
確か、ここは相談を受けるところだったな。だとすれば、この水晶玉は悩み解決に一本道につながるような力を秘めているものと考えていい。
あくまでも知識なだけで、持ったことは無い。重さはわからない。
この水晶玉の近くに座っているわけなんだが、何にも感じない。僕は元々、絵に心を打たれることも度々ある。
ので、芸術に無関心だということはない。それでいても水晶玉は何も感じさせない。
"偽者?"だとしたら、なぜ偽者を僕の前に出す?
水晶玉を信用しきれない僕は、老婆に水晶玉のことで質問をする。
「これでどうやって運命を見ることができるのですか?」
水晶玉の中に運命を投影した映像を映し出すとか、そんな答えはいらない。
ただ単に、興味で聞いてみた。
老婆は僕に無表情のままこう答えた。
「誰かのことを考えて手を当てると、頭の中にその人の未来が映し出されるのさ」
結構良い線行っている。そして、同時にその言葉は僕の好奇心を強く刺激した。
触ってみたい。思いっきり触ってみたい。が、触ろうとすると老婆は口を挟んだ。
「この水晶玉に触れることを売り物にしてもいる。それが今の商売なんだ」
ここで来たか。やはり裏がありそうだ。
結局、僕はこの老婆と水晶玉を巡って駆け引きを打つのか。
僕がいくつか質問をしたところで、悪い客と見られて帰らせることもできるだろう。
そうで無くたって、僕は水晶玉の謎を解き明かしたい。
僕のここに来た理由が出来た。水晶玉の真贋を調べる。
それが分かれば僕の勝ちだ。元々勝ち負けがないとしても、それはそれで自己満足。
水晶玉の謎を解き明かすことができれば、人間として、精神的に強くなれる気がする。
受身的と言われた僕であってもだ。変われることができる、きっかけになりうる。
自分の頭でよく考えればいい。
水晶玉はすいかが一回り小さくなったような大きさ。結構大きめである。
それに、手に何もはめずに持ち上げた。元々比重は結構あるものなはずだが。
重さで手から滑り落ちたり、それ以前に持ち上げられない可能性だって当然あるにもかかわらずテーブルの上に楽々上げた。
とりあえずだ。初歩的なところから攻めて行こう。重さはあくまでも切り札だ。
「触るのに一体いくらかかるのですか?」
老婆はゆっくりと答えた。
「結果が見えないのはその人の汚れた心を水晶玉が跳ね返す証拠。
見られなくても、見られても料金はかかることにしますか。5万、でどうでしょう。
他人の運命も覗けるんですから、これくらいは覚悟していただきたいです」
突然老婆が饒舌になった。これは黒かもしれない。
宗教的な一文も出て来ているが、運命というワードが出た以上は覚悟しなければいかないことだ。
その覚悟をした上で、老婆に尋ねる。
「あなたは腕力がありますか?」
水晶玉に触るとは、僕の一部が水晶玉に触れること。こんなに大きいんだ。
この僕自身のことを考えてバレないように触るだけで良い。5万を払うことになったとしても、バレずに結論を出し、この店を去るだけでいいんだ。
質問をすることは、無知であるとアピールし、同時に嘘を吹き込まれる入り口を作ることだ。
あえて場を延ばすためにダミーの質問をするならば、ダミーの入り口ができる。
相手にどう思われようが、仕方が無い。
「もう歳だから力は無いよ。時間は勝手に過ぎていくからね」
腕力に対する返答。
単なる馬鹿であったら、詰めを誤り"ある"と答えるはずだった。計算が少し狂う。
水晶玉の内部に入った光は屈折するのかがわからない。この薄暗さで、その判別ができない。
テーブルの幅で水晶玉の幅を包んでしまえるほどなのだ。向こう側のものを水晶玉で通してみようとするならば、判別ができる。
元々水晶で作られている玉なのか、と考えていっているのだが。
と、そこで一つの突破口を見つける。おもむろに、腕をテーブルの上に乗せる。
その瞬間だ。
「痛っ」
このテーブルに腕を乗せた瞬間、そんな現象が起きる。何か仕掛けているのか?
その声を聞き、老婆が一言。
「不正はいけないよ。これは、一種のギャンブルなんだ」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第219号
ページ番号
3 / 6
この作品について
タイトル
「道端に落ちている仮説」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第219号