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「いらっしゃいませ」
気の抜けた声。カウンター越しに、老婆が僕にかける、その言葉。この言葉を聞きたかったのかもしれない。
店内も少々古ぼけてはいる。
ログハウス風の壁に床はフローリング。
年季の入っているこの建物に、それとないムードがある。独特な匂いもある。
ただ、鼻を突くような匂いではない。それとなくそっちに持ってかれそうな、そんな怖さも兼ねている。
明かりは天井から吊るされている、ろうそくが乗った台しか無いようだ。
それでいて結構明るい。大きめのろうそくだからか?
しばらく立っていると、店内の様子が次第に目に見えてきた。暗さに慣れてきている。
Uの字テーブルの中にその老婆が楽な姿勢で寛いでいる。汚いというわけではない。
テーブルの上にはゴミ一つ落ちてはいない。床には穴が開いているところもある。ガタが来ているのか?
他に人の気配は無さそうだ。ここだけが、なぜか独立した世界に思えてくる。
あまりの独特さに、驚かされている。
何の店か知るために入ったのだが、ここまで分からないと聞くしかない。二三歩前に出て、老婆に尋ねる。
「ここは何を扱っているお店なんですか?」
おどおどしている様子が伝わってしまったか?それならそれで構わない。
僕は正直、すくみ上がっている。この雰囲気や、目の前にいる老婆に。
老婆は僕に、優しく話しかける。
「お客さんによって何を扱うかを変えてしまうんだよ。さあさ、椅子に座って」
そういうと、老婆はテーブルのこちら側にある、床に固定された椅子に指を指す。
どうでもいいが、穴が開いているところが遠くからでも分かる。そこは痛んでないのだろうか。
歩くたびにミシミシ言うその床を、一歩一歩丁寧に歩き、椅子まで辿り着く。
円形の形をしたその椅子に座り、先ほどの老婆の言葉に質問をする。
「相談、ですか?」
何を扱うか変えてしまう店なんて考えも付かなかった。
客の注文によって何かを頼む、飲食店や喫茶店かと思えばそうでもない。
けれど、椅子はいくつかテーブルに沿って置いてある。これを見る限り、何人か同時に相手をすることができる商売だ。
そこで、"相談相手になる?"という発想が思い浮かんだ。
よくは分からないが、答えは様々。いくつか椅子が用意してある、そっちの疑問はおいておく。
「よくわかったね。こんな路地まで来たんだ。仕事でも辞めさせられたかい?」
ズカズカと人の心の間に入ってくる。なんでそこまで分かるんだ?
傷を癒してくれとは言わない。まだ僕には未来がある。
時間もあるからこそ、僕には傷は無い。仕事はまだ探せる体力と時間があるんだ。そんなに歳はとっていない。
「そちらこそ良く分かりましたね。僕がスーツを着ているからですか?」
思ったことをそのまま口にする。人と話すのに、こんなに気を使ったのは初めてだ。
上司にさえこんな考えで話をしたりはしない。ある程度気楽だからだ。
ほんのちょっと会話を交わしたくらいで、頭が痛くなるほど疲れる。
老婆は僕が困るようなことは何一つ言っていない、けれども何か疲れる。
老婆は僕の言葉に答える。
「いいや、水晶玉で見たんだよ。これがそうさ」
と言いながら、老婆はテーブルの上に大きな玉を出した。
その玉を片手で押さえながら、片手で何かを探っている。水晶玉とは言うが、これがそうか?
しばらくして、その玉を転がらないように押さえるゴムのようなものを下に取り付ける。
「この水晶玉は、人の運命を見透かしてくれる」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第219号
ページ番号
2 / 6
この作品について
タイトル
「道端に落ちている仮説」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第219号