10-幸福-3

「近寄るな!床に伏せろ!今すぐにだ!」
最後の警告だろう。気合の入っている声だ。
しかし、彼は応じない。応じる気がない。応じる意味がないと信じているからだ。
思うがままに、盾を思い切り蹴った。
予想外の行動に、盾は大きく後ろに倒れた。すかさず囲みから避け、倒れた捜査官の首を両手で押さえつけた。
「いいか?俺の今から言うことに黙って従え。使える銃を俺に渡すんだ」
首に手を押し付けながら立ち上がり、距離をとる。
死ぬと決めた人間のやることは一つ一つが大きな力を持っている。空回りしていると知ってもだ。
黙って、捜査官の中でも上官扱いされていると思われる人がマグナムを持ってくる。
「盾に力を込めろ!どんな事態になったとしてもだ」
彼に渡すと、後ろに両手を上げながら下がっていく。
再び、彼を囲み始める。逃がさないためにも。これは確実に犯罪行為だからだ。
銃を再びこめかみに持っていき、一呼吸置く。
片手は未だに捜査官を抑えている。角度から見れば、捜査官の頭に銃口を向けていると考えられなくも無い。
片手で銃を見て、弾を確認する。六発全てこめられている。
「今から俺を撃つ。黙ってみてるんだ」
彼はそういうと、引き金を引いた。
捜査官は息を飲んだ。いろいろな憶測。これは何をしているんだと。
変な薬でも飲まされていたか、という予想を立てるものも出てくる。
そして、引き金を引いた結果だが、これもまた失敗していた。
もう一度弾を確認してみる。
「建物に当たった雨水やら、俺に降りかかっている雨水やら。全てがここに流れ込んでいる。
火薬は、君らが銃を渡した瞬間にダメになっていたんだ」
心臓に銃口を当て、引き金を引くもこれも失敗。
先ほど渡してくれた上官に銃を渡し、直後に「空に撃て」と囁いた。
そのとおり、実行してくれた。まだ片手に捜査官がいたからだ。
銃声が大きく鳴り響いた。なんということか、銃を傾けたから水が全て流れ出たというのだ。
まだまだ火薬を蝕む雨水の量が少なかったことに直結する。
周りの捜査官は驚きの色を隠せない。
「死にたいんだ。死ねないんだ。どうするんだ?俺を」
苦痛の叫びのおかげか、力が一瞬抜けた。
この隙を利用し、捜査官が抜け出す。そして、瞬時に発砲したのだった。
だが、弾は出なかった。距離をとりながら、上官と同じく空に発砲した。
普通に撃てる。もう一発もだ。それはなぜか。
捜査官の首を強く押さえつけていたことにより、血行が一時的に悪くなっていた。
そのせいか力が入らなくなり、発砲したと思われるその行動は引き金すら引いていない状態だったのだ。
「あんたも殺せない。もう、ここは試しだ。君達は俺に向けて発砲してくれ。
当然、その腰にかけている、弾に水が入らないようなものをだ。ベレッタのような銃が丁度いい」
そういわれて、とりあえずはとベレッタを用意するものが何人か出た。
「本当に撃つ気か?俺は奨励しない。奨励したら大変なことになる。蜂の巣にしてしまったら俺達の信頼はどうなる?」
上官が促した。しかし、上官がもう一丁持っているのはベレッタだ。
それを手に持ち、ベレッタであると判明した瞬間。考えが一瞬にして変わる。
促したばかりなのに、突然彼を撃ったのだ。
弾も出た。だが、一瞬の出来事がその直後周りを驚かせた。
捜査官の一名が、雨で手を滑らせ盾を落としてしまった。
真下に落とすと、倒れるのが遅れるものだ。
丁度盾に銃弾が当たり、弾は思い切り弾かれた。
幸運のもとにあった。捜査官達は、何も言わずに引き返す。稀だからだ。
こうして、彼はまた雨の中立っていることになる。
だが、捜査官とのやり取りで疲れてしまった。道路に座り込み、一つ考え事をする。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第238号
ページ番号
36 / 40
この作品について
タイトル
「マスカレードと世界観」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第224号
最終掲載
週刊チャオ第250号
連載期間
約6ヵ月2日