8-地下倉庫にて-2
「私の声が聞こえるか?」
侵入者は荒くなった息を必死に止めようとするが、どうしても興奮が抑えられない。
ますます荒くなる息で、脳もぼんやりしてくる。
「このまま黙って引き返せ。それか、扉の向こう側で座っていろ」
しかし、侵入者は黙り、動こうともしなかった。
胸に手を当ててみると、確かに脈を打っている。
衝撃はそんなに強かったのだろうか。そうでもないはずだ。
地面に倒れこむ侵入者は、突然横に一回転する。そう、"何かを避けるように"。
先ほど聖職者に飛んできたものが、再度動き始めたのだ。
聖職者のいる部屋の角へと、思い切り飛んできた。
当然、聖職者に当たった。暗くて何も見えないのだから。手探りでやっとわかるのに、飛んでくるとなると。
血を噴くのは口の中を切ったり、臓器に深刻なダメージがあった場合のみだ。
だが今、聖職者は血を噴いた。前者だ。食いしばったのか、それで固定されていた部分が攻撃のおかげでねじれ、きれた。
そんなに深刻でもない。気を取り直す。
が、とんでもない事態が聖職者を襲おうとしていた。
2、3では済まされない数。20、30の"物"がいっせいに聖職者を襲ったのだ。
地面を這い、呼吸が多少はおとなしくなった侵入者はその場から逃げ出した。
口を切ったとはいっても、腹にも直接当たっている。
頭痛はし、めまいはし。争いごとは周りで起こらなかった。そんな、温厚に育った聖職者がだ。殴り合い、特に殺し合いなんてするだろうか。
打たれ弱いからこそ、"chao"もこんな能力になってしまっている。
高速移動、瞬間移動。どれも、避けるための手段であることが共通。
それに気づいちゃいない。夢を見たいから。
「さようなら、犯罪者さん」
侵入者はそうつぶやき、笑みを浮かべた。
瞬間だ。聖職者が侵入者に触っている。そして、飛んできたものを全て避けた。
「これは…タイヤだな?正直に言うと、何がなんだかよくわからない。
私の理解を超えているのだ」
飛んできたもの。それは、タイヤだった。ゴム質のそれを触りながら、侵入者に笑みを返す。
「君は君の攻撃から避けたな?つまり、君のいるところは少なくとも、動かないその位置よりは安全だということになる」
慌てて、侵入者がタイヤをもう一度動かす。地面をすり、足をとる形になる。
だが、失敗をする、侵入者の上に足で乗り上げられてしまったのだ。
安定させるために、仰向けにした状態で腹の上にタイヤを一つ乗っける。
その上に再度乗り上げた。
息は益々荒くなる。興奮が抑えられない。脳内物質が大量に分泌される。時間が何倍にも…。絶体絶命。
そんな侵入者に指を指し、体重をところどころ変えて圧力をかける。
「君の"chao"が特定できない。ただ、君は私に勝ることは無かったということだ。
精進する。それが一番いいだろう。私は君を殺さない。あの治癒を信じられないのだ。
ここに来る際に乗った飛行機の中での出来事だ。私は催涙ガスだという気体を浴びた。だが、涙すら出てこない。
そして、ここでやっと私は気づいたのだ。あのガスがなんなのか、ということを」