2-隠遁-2
若者。彼は、仲間を持たない。
作れないんじゃなく、自分から拒んでいるのだった。
馴れ合いを好まない、その性格はどこか近寄りがたい物があり、いつしか人が離れるようになっていった。
生まれつきじゃなく、一つの事件を見てしまったからであった。
それが、「人間クモ」であった。
隣人がクモであったならどうするか。死ぬだろう。
自分が自分であると自覚できる今、他人は信用できない。そういった考えの下。
この場所に来たのも、何かを見つけられることが出来るかもしれないと思ったからだ。
いざとなり恐怖心が現れ、マンションへと逃げ込む。
中にあった時計を見て、呆然としているところにあの聖職者がやってきたのだ。
そして今、目に見える武器は何も無く、無駄な発砲で存在を感づかれた。
だが、もう迷いなんて一つも無い。暴走していた、このキャンドルのような移動方法。
それを自覚した。感覚で分かった。「地面に混じりながら移動している」ことに。
"隠遁"が目覚めた。
聖職者が距離を取った後、ゆっくり若者の方向へと体を傾ける。
若者は走ってマンションへ移動する。"逃げている"と錯覚させるためであった。
もはや、圧倒的に聖職者有利かのように見えたこの交戦。場所は再びあのマンションへと移動した。
だが、速さは高速で動ける分、一直線の場合は聖職者の方が上である。
"幻化"を巧みに使い、若者の前に飛び出した。もちろん、マンションにたどり着く前。
しかし、若者は躊躇わずに"隠遁"を発動する。
地面に同化し、歩行と同じ速さで移動する。
「前に出てくるんだろう?早く出てくるといい」
聖職者は牽制の一言を発した。強気に出れば、いくらかは心を平静にすることができる。
しかし、普通に見れば愚鈍な行動である。
この時点で、聖職者が取るべき行動は「逃亡」だった。
若者は聖職者の背後に現れ、ゆっくりと十字架を奪い取り、姿を消した。
「!?」
直後、高速でマンションと正反対。道路を挟んで向こう側の歩道へと渡った。
だが、時既に遅し。手からは十字架が消えている。
周りを見渡しても、どこにも若者の姿は無い。十字架と一緒に完全に消えた。
「どこだ?そんなにその凶器が欲しいのか。信仰でもするか?」
と、挑発はするが中々出てこない。十字架は、自分の目的に必要なピースであった。
聖職者はこの島に、賞金目的で渡った。
ので、"chao"は十分な物であった。だが、十字架。心のよりどころであった、十字架。
十字架を思い、焦りながらも小さく何かを呟く。
経。自分を勇気付けるようにと習った物である。心を打たれ、勇気がわいてくる。
その時だ、上空から何かが降ってくる。
そのまま、"それ"は地面へと落ちていった。そう、若者であった。
まるで、ジャンプ台から落ちてプールへと入っていくような、滑らかな動き。
どこから降ってきて、どうやって落下を回避したのか。
「十字架は返すんだ。私は君には手出しはしない」
台場や、駅のある場所からは奥。ポツポツと人が集まり始めたのを確認した。
このままでは、目的を達成することができなくなる。24時間後に到達できない。
再度焦り始めた頃、"隠遁"は一つの変化を行っていた。
聖職者が背中にしている建物の上。屋上に、そいつはいた。
「"隠遁"は物質に同化する"chao"。この能力なら絶対に24時間逃げ切れるが、それじゃ俺じゃない。
そのためにも、この十字架は持っていく。しかし、必ず返す」
そう呟き、空気に同化し、移動を始めた。
面倒な相手である、"聖職者"を殺そうと企む。自分の希望を作るために、壁によって下降する。
同化を開始し、数秒経つと透明になる。物体もなにもかもを通過させ、空気そのものになる。
自分の体は自分で動かせる。だから"隠遁"は向かった。
聖職者の顔の周りに移動し、息を吸えなくする。「これはお前かっ!?」
高速移動で前方に離脱する。が、実体化しない。
幻を置いてきてしまったのである。
"隠遁"を解き、若者は聖職者に向かって話しかける。
聖職者の捕らわれた幻も消え、実体化する。だが、焦りが目に見えていた。
「光をも封じ込めた。幻であって、それは幻ではない。つまりは、捕らえた。
いいか、お前の十字架は今俺が持っている。これをどんなことに使おうと、それはそれで用途なんだ。いいな?」
十字架をちらつかせながら、挑発まがいに言い放つ。
「いいや、それはそれで構わない。だが、24時間後には必ず私の手の中に握ってある形にしてくれ。
私は、それならそれでいい」
そう。妙な約束を交わし、その場は回避できた。
聖職者はマンションの中へ、若者は隠遁で空気中へ。こうして、交戦は静かに幕を閉じたのであった。
一帯に突風が吹く。空は薄暗くなり始める。
時計は20分を示した。まだ日中。しかし、太陽を雲が覆い始めた。
そして、雨が降り始めたのであった。