2-隠遁-1
「かくれんぼ」
―――
聖職者は男が"chao"を自覚したことを知り、静かに立ち去った。
冷静に考えてみれば何も被害を受けていない。それに、聖職者自身は交戦する気が無かった。
聖職者が"幻化"に気付いたのは開始直後。
"最初はchaoは暴走してしまう"といった資料の表記。これを読み取るのは非常に明快であった。
単純に、自覚するまでは"chao"は勝手に現象を起こし、結果暴走となってしまう。
暴走を見て、不思議だと思えば自覚してしまう。そして、能力の全容を知る。
聖職者。彼の"chao"は「幻を作り出す能力」であった。
開始後、いきなり背後に自分が現れたことがきっかけだ。
駅の鏡に映っていない、自分を見て驚いたのだ。なぜなら、自分を通り越して遠くの方に自分が映っていたから。
頭の良い聖職者は理解した。そして、我が物としたのだ。
聖職者は"緑化"と交戦した後、人の様子を見ようと空き巣のような形で、マンションへと飛び込んだ。
だが、フロントには既に一人の男が立っていた。
聖職者を見るなり、口を開く。
「あんた、そのナリはコスプレかい?それとも、ガチで参加している牧師さんってことはねーだろ?」
聖職者の服装に目が行く。そりゃあ目が行くだろう。全身を覆い尽くすほどのローブ。十字架のついたネックレス。
「人を殺して良いのかい?なぁ」
そういうと、目の前の今風のような若者は地面へと"溶けていった"。
「いや、私は人を殺さない。教会と自分を救うお金目当てで」
言っている途中で後ろから殴られる。
押されるような形で、前に数歩進む。慌てて振り返ると、そこには若者の姿があった。
聖職者は押さえつける程度に、と"chao"を解放した。
体と魂が分離する。幻を作り上げ、聖職者は若者に向かって走り、背後を取る。
その間、体は微動だにしない。それを不思議に思ったのか、若者が動く。
「どうしたんだい?あんた、怯えてるのか?」
瞬間、聖職者は若者に十字架を突きつけた。いや、既に次の段階。
突き刺した。
若者は前にいたはずの聖職者を横目で捉え、向きなおす。
十字架は背中の右胸の部分。せめて少しは傷つけ、離脱しようとしていた。
「生命に干渉すると体が動く。そして、結果が出せるのだ」
そういい、フロントから出ようとすると若者が突然前に現れる。
いや、突然現れるというのは少し誤っている。どんどん形が下から形成されていく。
火のついたろうそくが溶け切る映像を逆再生したような、地面から湧き出てくる。
「逃がさねぇ。武器を持ってると知ればなお更だ。その十字架、俺に渡せ」
手を差し出し、前かがみになって訴えている。
若者の思考としたら、やはり有利に進めるために武器は必要であった。
持ち込めるような物は無かったので、現地調達をと思った次第。
だが、聖職者はそれを無視するかのように幻を出し、魂の状態で回転式ドアの近くまで走る。
そして、幻を消し去る。その様はまるで瞬間移動のように。
「また縁があったらお会いしよう。その時、生きていればの話だが」
聖職者はそう言って、その場を去ろうとする。
だが、回転式ドアの目の前。そこに若者がキャンドルのような現れ方をする。
手には拳銃。回転しながら、後ろに向かって歩く。
「これ、フロントにあったんだ。いいだろう?弾が尽きたら終わりだし、賞金は一人相手に配られるんじゃない。
だから、何もしないから十字架を渡せといったんだ。お前はもう終わりだ」
回転式ドアが回りきり、若者は外へ出る。
銃を構え、ドアを軽く叩き威圧する。
だが、聖職者はそこで立ち止まる。魂のまま物体を通り抜けることは出来ない。
覚悟を決め、ぎりぎり通れるくらいの間を空けて幻を作り上げる。
瞬間、若者は発砲した。
見事にドアに当たる。貫通もする。が、強化ガラスにヒビは入らない。
ドアを抜け、幻を消し去る。そして、"chao"を応用して高速で移動をする。
"幻化"は、分離してから移動をし、人間に干渉すると強制で姿を現すことになる。
が、分離せず魂だけを放り出すと、その場で分かれることになる。
分かれた体と魂は、それぞれまったくの別物となっている。そこに目をつけた。
その状態になると、魂がスゴイ勢いで滑る。ほとんど重なっているならばなお更だ。
こうして、若者からの離脱を成功させた。
その姿を見て、若者は悔しがる様子もなく何かを考え始めた。
ゆっくり歩いていた聖職者の後ろに忍び込み、発砲。
だが、一発しか入っていない。その様子に感づき、聖職者はもう一歩大きく前に出た。高速移動であった。