1-緑化-2

男の手が無意識に聖職者の手首を掴んだ。
そのまま力が抜け、手に何かを掴んだ状態で地面に手が戻っていく。
ナイフが手から落ちる。"緑化"が発動した。
男の手には小さな芽が握られている。どんどんと成長していき、赤い茎、白い花びらを綺麗に彩どる花になる。
聖職者の手首。つかまれた箇所には直径5mmくらいの穴が開いていた。
そう、中身がスカスカになっていた。
一歩一歩後ずさりし、ナイフを足で手前に寄せる。
ナイフを掴んでいた右手首を左手で掴むと、中身が無くなったかのようにへこむ。
穴に指を軽く入れてみると、良く分かる。
血が噴出すこともなく、死ぬこともなく。ただ単に、そこには手首が中から無くなっていたことに気付く聖職者がいた。
「胎児は成長する。そして、胎児を生む。夢というのは、自分から生まれる胎児を見ることだと思う」
聖職者の異変に気付き、意識をしっかり取り戻し、立ち上がる。
花は花壇の脇に置かれている。それに気付いていないのか、男は路地の方へと壁づたいに歩いていく。
聖職者はその花を取り、自らの手首の穴に入れる。
引っかかることも無く、楽に入った花は体の中で肉や骨に変わっていく。
そんなにかかることもなく、手首が動かせるようになった。
ちゃんと動く。触ってみると、確かに戻ったような感触がある。
「"幻化"は二つの使い方がある。奴の"chao"は不思議なものであった。
十秒を数えるとは言っても一秒経てば既にそれは十秒ではない。
もう一度十秒にすると決心した直後。それも既に十秒ではない。
数えることは永遠の課題。数え続けるしかなく、終わりに永遠にたどり着かない。
いつも時間が動いているのだから、数えることができる。
実際、ありもしない十秒を数え終わった時点での時間は無となる。
だが、無はありもしない状態。無がある状態を無というのなら、それも無である。
数え続けることは、見えないところに歩き続ける感覚を覚える」

路地に入り込み、痛さで逆に我を取り戻した。
花のことを思い出し、路地から少し出てみるも聖職者は既にいなかった。
その代わりに、続々と人が集まりだす。一人、二人。三人、四人。それぞれが一人ずつ向き合っている。
気付かれないように路地に座り、腹に手を当てる。
既知である男の"chao"、"緑化"が姿を現す。芽が生え、成長し花になる。
その下は簡単にへこむようになる。花の養分は体の肉や骨。
それに、結構広い範囲を養分とするようになっているようだ。
押し込むと、不思議と簡単に腹の中に入る。へこむ体が、引き締まる。
傷口は治ってはいないが、花を咲かせると痛みを感じなくなる。
面白がって今度はぶち抜き、そこに出来た穴に入れる。
これまた簡単に入る。そして、腹が元通りになる。
手首を掴んだから花が生えたと考えると、胎児のことを喋っていた聖職者が退く理由も考えられなくは無い。
胎児同然である、"緑化の男"が今成長し、夢を見た。
一足遅い夢。永遠にたどり着かない数字を数え始めたのであった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第224号
ページ番号
4 / 40
この作品について
タイトル
「マスカレードと世界観」
作者
Sachet.A
初回掲載
週刊チャオ第224号
最終掲載
週刊チャオ第250号
連載期間
約6ヵ月2日