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「ようこそ、LSDの世界へ」
ホテルマンは笑みを浮かべながら俺にそう言った。
LSD、聞いてパッと思い浮かぶのが幻覚剤。そこから来るのがロックバンド。
飲み込み、作用すると数時間幻覚を見せられる。普通に考えれば、違法ドラッグ。
そんなものを使用していたとするならば、正直言って幻覚が覚めて数日間はずっと横になっていないとヤバイ。
しかし、24時間は持たないはずだ。飲み込まれたものが薬ならば、半日程度で目が覚める。
「俺はLSDを飲んだのか?」
答えが出るはずも無いが、一応は聞いてみる。
すると、返答が返ってきたのだ。
「いいや、夢を意図的な物に変えてしまう、睡眠薬のようなものなんだがね。
LSDを元にして作り上げた薬だ。脳細胞を一時的に増殖し、血管を利用して腹に転移させる。
そして、第二の脳を作り上げる。薬の作用で、元の脳とは違った考え方になる。
第二の脳は3人の男を消すことで消える。それが夢から覚める。そういうことだよ」
非科学的であるが、昔の電気の登場などであっても同じような驚きであろう。
そんなことあるものか、とは言うが実際にある。認めなくてはいけない。直感的にそう感じた。
現実で見れば俺の体は肥満気味になっているはずなんだが、これが夢だとしたら痛みが無いのがおかしい。
現実で身に起きていることが夢に影響するのは認められている事実であるが。
「この実験をより面白くするための処置が、夢の中だけで認められる不思議な能力さ。
記憶、体の状態もろもろからお前の能力はランダムに決まる。さぁ、24時間で殺せるのかな?」
そう言うと、街の奥へと入っていった。
早めに殺さなくてはいけないし、もはや奇襲をかけるという事態ではない。
相手は全てを熟知している。
この実験の内容を。もしかしたら、実験の目的も知っているのかもしれない。
ただ、それは24時間を削ってまで知ることではない。起きてからあの男たちに聞けばいいのだ。
能力、といった聞きなれない言葉。この場合、夢を抜け出すことを能力とするのだろうか。
それならば、夢の中だけで認められるっていう説明も間違いではない。
問題はそれが目に見えるものなのかだ。覚悟だの、そういったものであったら無も同然。
殴りあうんなら、3人相手はキツイ。
そうこうしている間に、ホテルマンはどんどん奥へ進んでいく。
まだ日の当たらない、建物の敷地に入る。
後を追いかけて、門を潜ろうとすると急に後頭部に衝撃が来る。
良く目を凝らしてみると、紛れも無く石が浮いていたのであった。
その石は片手いっぱい程度。それが浮いている。
これが相手の能力なのか。更に奇妙なのが、ホテルマンが消えている。草の生えているところにいるのか?
石の衝撃をモロに食らい、フラフラしながら建物に向かって左側の草に向かう。
だが、どこにもいない。右か?と思い、後ろを向いた瞬間だ。
石が突然飛んできた。防御する余裕も無く、腹に当たり、その場に倒れこんだ。
「……てめ…」
血を噴くとまでは行かないものの、相当の痛み。
めまいがする。吐き気もする。以前、友人とケンカになり腹に一発食らったことがあった。その時もこれと同じような感覚が襲ったのを思い出す。
後頭部の衝撃はそこまでは至らなかった。不意打ち狙いだったせいか、少し外れて弱めだったらしい。
「どこにいるんだ!正々堂々戦えっ!」
ホテルマンに向かって叫ぶ。誰もいない、建物の反対側にあるショップに太陽の光が当たり始める。
地面を這うようにして、塀に背中をつけ安静な状態にする。
動けないんだから仕方が無い。あの浮かぶ石を睨み、次の攻撃に備える。
だが、石が動かない。敷地全体を眺めるように見ているが、ホテルマン自体が少しも姿を現さない。
もはやここには存在せず、別の場所に移動しているのでは?とは思った。
能力は一つでは無いのかもしれないと。
この敷地には草だけでなく、大きめな石が脇に寄せられているのも確認できる。
ここで石を砕き、砂利にしたのだろうか。よくは分からない。
めまいや吐き気が失せるのを確認し、立ち上がる。その瞬間、門の右側の方にホテルマンが現れた。
「うおっ」
反射神経。驚いたのと、まだ完全に回復しないのとで、地面に勢い良く座り込むことができた。
四つんばいで急いで這うように逃げ出す。そして、後ろに回りこんだ。
そこで気付いた。冷静になろうと努力していた俺であったからたまたま気が付けたことだ。
先ほど、"うお"と変な声を上げてしまった。そのはずだった。
だが、実際に口からは何も出ていない。音が完全にかき消されていた。
つまり、自分では"うお"と声を出していたつもりでも実際には口を動かしているだけだ。
動きを止めるべき、音を掻き消すことを一瞬で突き止めた俺はホテルマンに釘を刺す。
「あんたの能力は音をかき消す能力だろう?」