第三話 爆発する力
壊れた部屋で一晩過ごし、俺たちはチャオメンテナンスセンターへ行く。
ようやく戻ってきたクリックには、角が付け足されていた。
カッターナイフの刃のような一本角だった。
「よおっす」
女性のスタッフに抱えられたクリックは手を挙げて言った。
クリックの変化に驚いて角をじっと見ている俺たちに、
「どうだ、格好いいだろう、これ。まだ慣れなくて重いけどな」と得意そうに笑った。
よく見ると、クリックの足も少し変わっていることに俺は気付いた。
足の機械が大きくなっているように見えるが、それだけではないような気もする。
「どうしたの、それ」
イナナが角のことを聞くと、
「説明はこっちがする」とクリックは自分を抱えているスタッフを指した。
「こっちとか言っちゃ駄目でしょ」
イナナが母親然としてクリックを叱ると、スタッフの目が優しそうに笑う。
「いいんだ。俺とこいつは仲が良いんだ」
「素敵な子ですよ、クリック君は。とても賢いし」とスタッフも楽しそうに言う。
彼女はまず角以外の点について説明を始めようとした。
クリックは相変わらず得意そうな顔をしている。
その顔で大幅に変わったらしいということがわかった。
スタッフの女性が話すには、これから戦闘の機会も増えるため、どのように強化するかが焦点となったらしい。
しかしパーツを付け足すことはしなかったらしい。
「機械の所を増やすと、マナを感じられなくなるような気がするんだよな」とクリックはそのことについてそうコメントした。
魔法使いによっては、チャオの体の大半を機械にすることもある。
一度機械に変えた部位は元には戻せない。
マナを感じるうんぬんだけでなく、戻れないことへの恐怖があるのだろう、と俺は思った。
「ただ、その代わりに内部も足もパーツを最新の物に変えました。その際、スペックを保ちながら軽くするか、軽くすることは考えないでスペックアップするかというのがあったんですけれど、これからの仕事のことを考えると後者の方がいいだろうとクリック君も私共も判断したので、そういう方向性でパーツを選びました」
「足がな、重くなった。その分、かなりパワーアップはしたけどな」とクリックは言った。
「マナの貯蓄量が五十パーセント、マナの吸収力が百パーセントアップしています」
「二倍ですか」と俺は驚く。
マナを溜める時間が半分になれば、戦い方は変わってくる。
これまでの魔獣退治では、魔獣の進行方向を予測して迎え撃っていた。
確実に魔獣と対峙するために、複数人で包囲網を張って待ち構えるという方法を取るしかなかった。
しかしクリックの性能が上がったことで、こちらから魔獣に向かっていくことができるかもしれないというのは、これからの仕事には心強いことだ。
「そんなに強くなっちゃうと、ついに魔獣狩りって感じだね」
イナナのその言葉は、褒めているようにも残念がっているようにも聞こえた。
魔獣狩りというのは、魔獣の討伐を主な仕事として稼いでいる魔法使いの呼び名だ。
好戦的で、やたらとチャオのスペックを上げるために改造をさせたがって、チャオの気持ちなど考えない。
そんな好ましくない人物像を描かれがちな人々だ。
「正義の勇者さ。一角獣のスペック様だ」
「ああ、それでこの角は一体?」
「それは、悪性のマナを対処するためのパーツです。今回の仕事には必要な物なので、付けるように魔法局から指示を受けました」
彼女の説明によると、その角には悪性のマナを感知するのを助けるレーダーの機能があるそうだ。
必要がなくなれば、外に見えている部分を外すことはできるらしい。
「こんなださい角だが、力は確かだ。昨日の魔獣で確かめられた」
「ああ、出たな、昨日」
「俺の力が試せなくて残念だった」
「おかげで俺たちの住んでた部屋がぶっ壊れたぞ」
「嘘だろ!?」
クリックは叫んだ。
その反応が面白くて俺は笑った。
「それが、本当なんだ」
「昨日、その魔獣がうちに来ちゃって。大変だったよ」
イナナも面白がっている。
「それでお前たち、無事だったのか」
「ああ。ツキとウサウサがいたからな」
結婚式をやっていたんだよ、とイナナが説明した。
「そうだったのか」
クリックは女性の腕から逃れるようにして飛び降りた。
そして俺を見上げてクリックは、
「リベンジマッチに行くしかないな」と言った。
「なんだそりゃ」
「まだいるんだよ。魔獣が」
クリックは俺に手を差し出す。
持ち上げろという意味だ。
俺はクリックの手を取り、引き上げる。
すると引っ張られる勢いを利用し、羽をいくらかばたつかせるとクリックは俺の肩に乗る。
「きっと昨日のでもう一匹生まれていたんだ。行くぞ」
「偉そうだな」と俺は言った。
「偉いんだよ。走れ。他のやつに取られる」
俺は駆け出す。
クリックが魔獣のいる方向を指示する。
「相当手強いやつだぞ。逃げ足が速いんだろうな。そうでもなきゃ、とっくにやられてるはずだ」
クリックはそう言った。
「なら先回りした方がいいんじゃないのか。できればだけど」
「できねえだろうなあ。今も遠ざかってる」
「じゃあどうしようもないんじゃないのか」
「知らねえよ。とにかく追うしかないだろ」
俺は呆れた。
「わかった。とにかく追えばいいんだな」
俺は走るのをやめて、立ち止まった。
「同調か」とクリックは言った。
「そうしないと体力が持たない」
走らされて、俺はもう息が切れていた。
クリックは同調のために光り出す。
「そういえばよ、別の魔獣ならリベンジマッチとは言わないんじゃないのか」
「このタイミングで変なこと言うなよ、クソが」
「お前は魔獣のサーチをしろ。いいな」
クリックは頷く。
体が溶けて、大きな球体となる。
俺はその球体を自分の胸に押し込む。
クリックの角が俺の額に付き、脚だったパーツは俺の背中にごく小さな羽として付いた。
その羽にまとわりついて、クリックの体だったものが羽を大きくする。
チャオと同調したところで身体能力に大差ない。
それでも魔法で動きをサポートすることはできる。
「あっちだ」
羽がそう言った。
クリックの声だ。
あっちと言われるだけでも、どの方向なのか伝わってくる。
魔法のおかげで、さっきよりも速く走れる。
そして俺はクリックの性能が上がったことを思い出した。
「飛んでみるか」と俺は呟く。
マナを溜めて、それを推進剤として飛翔する。
手近にあった低いビルの屋上まで上がる。
同じように飛翔して、それより少し高いビルの屋上へ行く。
「なあ、気付いたことがある」
上へ向かっている途中で、羽のクリックは言った。
「この魔獣、空を飛んでいるみたいだ」
「上にいるってことか?」
「たぶんそうだ。近付いてる」
あまり正確に位置を知ることはできないようだ。
文句を言いたくなったが、魔獣を見つけることを優先して高いビルを探す。
近くにはもうここより高いビルはない、という所まで移動して、魔獣の位置をクリックに聞く。
これで遠いと言われたら、もっと高いビルに行くためかなりの距離を移動しなくてはならない。
「この感じは、上で動き回ってるのか? すまん、よくわからない。だけどだいぶ近くなった」
クリックはそう答えた。
結局近いのか遠いのかわからない。
「わかった。とにかく魔法を撃ってみよう。向きはお前に任せる」
俺は右腕を上げた。
羽となっていたクリックの体だったものが俺の右腕にまとわりつく。
俺の右腕が紫色に変色したようになる。
その右腕はクリックの意思で動く。
クリックが俺の腕を動かして空に狙いを定める。
俺の想像よりも高い所に魔獣はいるらしく、腕はかなり上の方を向いている。
俺は魔法を撃つことだけ考えている。
「貫いてくれ」
そう言って、俺は魔法の矢を右腕から放った。
魔法の矢は重力に引っ張られることもなく、真っ直ぐ飛ぶ。
まるで糸を張ったように、マナの光の残りが薄く残る。
その細い糸は見えないくらい遠くの、そのまた遠くまで届いたはずだ。
溜めたマナの量で威力と飛距離が変わる。
なるべく魔獣に当たる可能性を高めるために、マナを多く溜め、飛距離を伸ばしてあった。
「どうだ」と俺はクリックに魔獣の動きを聞く。
「こっちに向かってきている。やっぱりあっちにいたみたいだ」
当たったか、それか矢が魔獣の近くを通ったかしたらしい。
俺たちの存在を認めた魔獣がこちらに向かってくる。
飛んできたのは、カラスの魔獣だった。
「見えればこっちのもんだ」
魔力を溜める。
右腕の操作権限を俺に戻す。
魔獣はこちらに真っ直ぐ突っ込んでくるようだった。
全力で加速することだけを考えているかのよう。
こちらに迫ってくる魔獣の体は、風景から飛び出てきたかのように急激に大きくなったように見える。
それだけ短時間で加速していた。
しかしその加速で俺たちの体を食い破るには、そもそも離れ過ぎていたのだ。
「燃えろ」
右腕から炎が噴き出す。
魔法による火炎放射をカラスに浴びせ、そして俺はビルから飛び降りて攻撃を避ける。
今のクリックの性能なら、魔法で飛び上がってまたビルに戻れる。
そうわかっていても、飛び降りるというのは、どきりとするものだった。
安全の確信と緊張とで、俺の口元は笑う形になる。
魔法で飛び上がってビルに戻って、魔獣の姿を確認する。
魔獣の体に炎がまとわりつくが、魔獣が空中で激しく暴れると火は消えそうになる。
そこにどこからか飛んできた魔法の矢がいくつも刺さる。
他の魔法使いもこの魔獣を見つけたのだ。
「早くとどめを」とクリックが言った。
強化されて初めての戦闘。
それを輝かしい勝利で飾りたい。
そのようにクリックは思っているらしかった。
「わかったよ」と俺は答えた。
「なら、最高に派手な魔法で行くぞ」
俺は調子に乗っていた。
クリックの性能アップは、俺たちの力をとんでもないレベルで強化していた。
魔法使いは、そのファンタジーを思わせる言葉とは裏腹に、自由ではない。
しかし今の俺たちは、前の俺たちより自由だ。
空を飛ぶ魔獣と戦えるだけの飛翔ができる。
「もう一度、燃やす!」
俺は魔獣に飛びかかりながら、右腕から炎を出した。
火炎放射は魔獣の体を焼く。
魔獣は慌てて俺の炎から離れる。
さっきと同じように、魔獣の体には炎がまとわりつき、それを振り払おうと魔獣はする。
その残った炎。
それが、次の手の鍵。
「その炎が俺の魔法の炎ならば、俺のマナで弾けてみせろ!」
右腕から不可視の魔法を放つ。
それが魔獣の体の炎にぶつかると、魔法の炎は魔法の爆弾に姿を変えて次々と炸裂する。
魔獣はその爆発の連打で体の制御が一秒ほどできなくなり、落ちそうになる。
爆発が止んでも、それまでに受けた矢のダメージもあって、飛ぶ力を失っていた。
俺はその魔獣にもう一度炎を浴びせ、そして爆破した。
「どうだ、俺の力は」
チャオの姿に戻って、クリックは誇らしそうに言った。
「ああ、これなら戦えるな」
俺ははっきり、俺たちの脅威となるマナの源を打ち倒そうと思ったのだった。