15-3
優輝の両腕に、盾が装着される。それは風を全て跳ね返す。
天井へ消えた風。それと同時に、両腕に装着されていたはずの盾が消えた。
「一瞬の成功ですか……さすがは優輝」
一瞬、ナイトとスカイの“保存機(コンサーヴァス)”が消えた事を、乙姫は見ていた。
ああ、なるほど、と思い、彼女はにやりと笑った。
「みどり、久しぶり」
「あら、乙姫ちゃん。この子、なかなか骨がありそうね」
「私が鍛えたからね」
乙姫の言動が子供っぽくなったことに、優輝は気がついた。
「今のディフォーム、爪の形をしてたわ」
「そうね、爪だった」
二人にしか分からない意思疎通なのだろうか。
優輝にはさっぱり理解できなかったし、ナイトとスカイは言っている事は分かっていたが、その含まれた内容まで理解できなかった。
「彼と一緒ね。なぜかは分からないけれど」
「同一人物、という事はないかしら」
「有り得ないわ。どうやって?」
「方法は分からないけど」
意味不明な会話についていけない事を悟った優輝は、とりあえず座った。
「優輝の特訓は、接近戦闘を中心にやってかなくちゃだめよ。今まで奇襲ばかりで負けてたからそこを補強するの」
「そんなこと言われてもなあ……」
「爪、というのは良い事だわ。も一回やりなさい」
「“ディフォーム・コントラクティ”」
もちろん、出来なかった。
「……これは最初からやり直す必要がありそうねえ」
みどりが言った。
「接近戦闘の基本は、相手との間合いを考える事。加えて、出来るだけ相手の死角に回り込む」
うなずいてみどりの話を聞く優輝。
その片隅で乙姫は、眠っている一碧の傍らにいた。
ナイトとスカイは、優輝の隣で話を聞いている。
「“ディフォーム・コントラクティ”は、“クロス・コントラクティ”の特権。お互いの意識が一致すれば一致するほど強力になる」
「成功しない場合はどうしたら」
「慣れるしか無いわ」
みどりの慈悲深い微笑みに、優輝は苦笑した。
ああ、地獄の特訓開始かな、と思ったからだ。
しかし、そうはならなかった。
「大変です、竜胆護衛官」
ドアから入ってきた、上等魔法官と思われる人物が言った。
「セントリーナス王妃が、誘拐されました」
「誘拐!?」
優輝が驚く。乙姫も顔を疑問にゆがめていた。
「犯人は誰です?」
ナイトが真っ先にたずねる。
「反乱派の仕業かと。敵の本拠地を捜索中です」
話の途中で、優輝はすぐさま立ち上がっていた。
一刻も早く助けに行くために。
しかし、それはすぐに止められた。
「優輝! どこに行くの!」
「助けに行く!」
「敵の本拠地も分からないのよ! まず落ち着きなさい!」
「落ち着いてなんかいられるか!」
珍しく怒鳴った優輝は、思わず右手で握りこぶしを作っていた。
「助けが必要な人は助けに行く。本拠地が分からないなら探せば良い」
—自分でどうにかするんだ。
「セントリーナスってところまで、どれくらい?」
「優輝、わざわざセントリーナスまで行く必要は無い」
「でも!」
スカイの言葉に反論しようとして、彼がにやりと笑っていることに気がつく。
「必要は無いが、セントリーナスまで行く事は出来る。十分もかからん」
「…案内してくれ、スカイ」
「だめよ、優輝。行っちゃだめ」
乙姫の言葉が耳に入るが、優輝にとってはどうでも良かった。
「すぐ飛行船の手配をしてください」
「しかし……」
「……分かったわ。竜胆護衛官より命じます。“終焉のウォーデン”江口優輝、セントリーナス王妃を救出に向かいなさい」
みどりのその言葉に、優輝は笑顔になった。
強くうなずいて、答えるように笑う。
「飛行船はヴィクトリー号です。大至急準備を」
「はっ!」
「乙姫ちゃん、彼は困っている人を見捨てられないのよ。分かってあげなさい」
落ち込んでいる風の乙姫に声をかけたみどりは、優しく微笑んだ。
「あなたしか出来ない事があれば、あなたがやるべきだわ。でも……」
「優輝くんは、弱いわ。はっきり言って」
突然の言葉に驚いた優輝は、みどりを見つめる。
ナイトとスカイもしかり。
「その弱さが命を守る。安心なさい、乙姫ちゃん。優輝くんは人を助ける時の目が普段と違うから、下手はしないでしょう」
「…じゃあ、私も付いて行くわよ」
「あ、ああ……」
褒められているのか、けなされているのか、はっきりしない気分で、優輝はうなずいた。
午後二時。
飛行船ヴィクトリー号に乗船した優輝たちは、一碧とみどりに一時期の別れを告げた。
「目指すは、セントリーナスゥウウウウウウウウウウウ」
とてつもないスピードで発進したヴィクトリー号は、セントリーナスへ向かう。
風が、どんどん過ぎ去っていく。
その別れが、長い別れになるとも知らずに、過ぎ去っていく。