11-2
ところが、ナイトの水色っぽい姿が、空から見下ろしてもどこにも無かった。
その代わり、体中に何かが流れる。
それは頭を、手を、足を、指先まで循環した。
それが全て、胸のうちに集まった。
流れがぴたりと止まった。
「くっ、小賢しいガキどもめ!」
「あなたとは、決着がついていませんでしたね」
ナイトの声がした。
どこからしたのか確かめてみたが、どこにもいない。
着地してから優輝は、ナイトの姿を探した。
男も戸惑っているようだった。
「貴様、隠れて不意打ちとは、卑怯な!」
「不意打ち? 誰が不意打ちすると?」
その声には、いつものナイトのふざけた調子はなかった。
本気の声。
鋭い声。
「さきほどから、目の前にいますが」
「なに!?」
ナイトの姿が見えた。
「全く、“認識変化”、試してみましたが、これはすさまじい効力ですね」
白かった。
手の先と足の先が青く透けている。
特筆すべきは、頭の上の“保存機(コンサーヴァス)”。
輝いていた。
オレンジ色に、淡く。
「“夜想”ナイト=ノクターンがあなたの相手をしましょう」
「気取るのもいい加減にしろ!」
杖を振りかぶって、男は呟いた。風が放たれたが、ナイトは風を片手で止めた。
「なぜだ!?」
「これは、噂に聞いていた以上ですね」
本当に驚いた様子で、ナイトは言った。
「体中に呪力が溢れています。改名せねばなりませんね。こうまで明るいと」
「ふざけた事を!」
「Light-Chao—これで行きましょう。今日から僕はライトチャオ・ナイト=ノクターンです」
右手から溢れる呪力が、一気にそれへと変換された。
ナイトの得意としていた水氷属性の魔力が、震えた声をあげるように、抑えられていた力が解放された。
「“大氷河”!」
「“Full winding”!!」
風を盾にしようとしたのだろう。しかし、それは叶わなかった。
ナイトの放った冷気は、空気中の水分と言う水分を凍結させた。
ついにそれは男を囲み、凍結させた。
「すっげえええええ」
「悔しいが、とんでもない威力だな」
「こうはいられません。一刻も早く、時間移動を」
「あ、ああ」
優輝は一生懸命に呪文を思い出す。
そして、流れるように詠唱した。
「“流るる時に逆らえ—」
乙姫を思い浮かべて、
「我は時の支配者なり」
十年前、あの男が行った場所へなぞるように、
「されば命ずる」
絶対に乙姫を殺させたりはしない、と決意を固め、
「時よ、俺の意志に従ええええええ”!!」
改竄を加えた呪文。
その叫び。
全てが優輝の呪力と一致し、混沌となる。そして、それらは止まり—
時が、回帰した。
「私は新たなマスター=マジシャンとなる男、五十嵐健二。お前を亡き者とする」
「い、いやよ! わ、わたしまだ……」
活発そうな声。どこか懐かしい声。
その声は震えていた。
「紫水晶を渡せ。そうすれば命は助けてやら無いでもない」
「し、死んでも渡さないわ!」
「ならば仕方ないことだ」
右手に光る刃を持ち、男は小さな少女に向かって走る。
少女はひえっと声を出して、目を瞑った。
「“圧縮する—
「うらあああああああああああああ」
光る刃をことごとく無視して、優輝は暗がりの中、男の顔面を思いっきり殴った。
「よくもやってくれたなあ。そうはさせ無い。乙姫の命を狙うなんてのはお前にとって紀元前からやり直しても不可能な事なんだよ!!」
「お前は…セカンドミリオン! あの呪力をどうやって回復させ—」
「“大氷河”!!」「“環囲いの水流”!!」
ナイトとスカイが同時に叫ぶ。
五十嵐は全てを察したのか、その魔力を後ろに下がって避けた。
—と思ったが、それらは凍結して優輝の前に形作られる。
「さあ、修行の成果を、」
「見せてもらおうか」
二人が言った。
優輝は氷の剣を手に取った。
刃が左右対称になっている点を加え—木刀とはかけ離れた剣だったが、優輝は気に入った。
「俺の名前はセカンドミリオンじゃない! 江口優輝だ!」
「江口優輝—覚えておくとしよう。お前が死んだ後に忘れるがな」
「いざ鎌倉ああああああああ!!」
右手の剣を振り上げ、優輝が振り下ろ…さなかった。
体を回転させて、それを投げた。
五十嵐もさすがに驚いたのか、それを光の刃で受け止める。
「ナイト、スカイ! 乙姫をよろしく頼んだ!」
「任せておけ」
「今の僕に敵はいません」
「あの、あなたたちは……」
乙姫の声が聞こえる。
「乙姫幕府三代目征夷大将軍、江口優輝とその部下二人だ」
「無茶苦茶ですね」
「契約者だが」
「図に乗るな!」
光る刃を振りかざした五十嵐が、優輝の目の前にいた。
驚かずに、優輝は体を半分回転させてそれを避ける。
にやりと笑った。
「お前、随分偉そうだけど、剣の腕前は全然大した事ないなあ」
「粋がるなよ、ガキめが」
鼻で笑った後、五十嵐は光る刃を振ると見せかけて何事か呟く。
無数の光る刃が優輝を襲った。
それらが避けられない事を一瞬で悟った優輝は、再び唱える。
「“時間移動”!」
「なっ!」
「「“Full winding”!!」」
ナイトとスカイが叫んだ。