11-1
「つまりあの男は、襲撃の時点から十年前—乙姫が魔法界の統領、プリンセス=ウィッチに就任したその日に回帰したのです」
「続いてその男は乙姫を殺した。十年前の乙姫を。資料だと午後八時までは父親と一緒にいたらしい」
「“時間移動”の仕組みはわかってます。後は、詠唱する呪文(じゅぶん)だけ」
「見つけた」
優輝が言った。
「“流るる時に逆らえ! 我は時の支配者なり。されば命ずる。時よ、我が意志に従え!!”」
しかし、何も起こらなかった。
呪力の流れさえ、感じられなかった。
魔力が、使えなかった。
魔法のサンクチュアリ 11 -時の支配者-
自宅にて。
ベッドに寝転がりながら、優輝は額に手を当てて眠っていた。
なぜだ。
なぜ魔力が。
使えないんだ。
ナイトはこう言った。
「おそらく、呪力を奪われたせいです」
「だが、この時間軸ではあの襲撃は行われていないはずではないか?」
「乙姫からのプレゼントがそうであったように、僕たちの記憶—つまり“認識変化”を使って、僕たちの存在ごと“時間移動”させたのでしょう」
「なるほどな。だからあれも残っている。そして、記憶に引っかかりが出来る」
「そういうことです」
だとすれば、回復するのはいつになるんだよ。
明日? 明後日? それとも明々後日?
全く分からない。もう、何がなんだか。
乙姫であれば、こんなとき、どういうだろうか。
『まだ生きてるんだからしゃきっとしなさい!』
か?
『元気ないわね』
か?
『ほら、置いていくわよ』
か?
もう、この世界に乙姫はいないのに?
乙姫は生きてないよ。元気ないのも当然だ。
どこまで置いて行くつもりだよ。
夜も更けたころ。
優輝は目が冴えていた。ナイトとスカイは変わらず本を漁っている。
図書室からいくらか盗んできたのだ。
犯罪じゃないか? と思ったが、この際どうでも良かった。
ふう、と溜息をつく。
どうすれば良いんだろうか。
あの時は簡単だった。乙姫が幽閉されていたからそこまで助けに行く。
さすがに天国までは助けに行けない。
「?」
何だか破壊音がするような気がした。
それはナイトとスカイにも同様のようだった。
「なんでしょうか?」
「外へ行ってみよう」
優輝はとぼとぼとした足取りで進んだ。
「影?」
そこにはうごめく影があった。
なるほど、これは影の男—白石のものだろう。だが、あれは味方になったはずではなかったか?
見れば白いローブも塔の上に見えた。
「メシア=フォースからの襲撃でしょうか」
「見つけたぞ、セカンドミリオン」
白いローブの男が優輝の前に立ちふさがった。
巨大な杖から風が放たれる。何とか避けると、優輝はあの特訓を思い出した。
確か、体を回すように戦えば、あらゆるところで力を別の方向に向ける事が出来る。
今、自分は魔力を使えない。ナイトとスカイは少ししか使えないはずだ。
だとすれば……。
「逃げるぞ!」
「“spin winding”!」
風が回転する。優輝はその中に囚われた。
見ると、すでに周囲にはメシア=フォースの集団がいた。
「さあ、大人しく投降しろ」
どうする。どうすれば良い。
優輝は考えに考えた。だが、名案が浮かんでこなかった。
肩の力が抜けた。
—乙姫がいないなら。
—俺がどうにかしてやろうじゃないか。
—乙姫がいる世界を作ってやれば良いんだ。
—どうすれば良いか…なんて、最早古い。死語だ。
—自分でどうにかするんだ。考えなんて、後から付いて来る。
優輝はいつの間にか笑っていた。
「聞けええええええええええええ!!」
突然叫んだ優輝の言葉に、ナイトとスカイは驚いた。
「俺はセカンドミリオンじゃない! 江口優輝だ! 覚えとけえええええええええ!!」
走って、回転する風を突き抜ける。
その後姿を、ナイトとスカイが追った。
「馬鹿な!?」
傷だらけの格好で、優輝は白いローブの男に突進した。
男は吹っ飛んだが、呆けてはいられない。
「任せろ、優輝」
「スカイ」
「僕の名はスカイ=クラウディア。残念だが、メシア=フォースには借りがある。ここで返させてもらおう!」
そう叫ぶと、小さな体で右手を思いっきり挙げた。
その手を、地面に叩きつける。
「“Earth of break”!!」
地面から衝撃が飛び放たれた。集団は一散する。
「何とかこの程度の呪力は残っている」
「よし、いくぞナイト—……ナイト?」
ナイトは死んだように動いていなかった。
目もどことなく死んでいる。
「ナイト! どうした?」
「待て」
ナイトに近づけなかった。
回りに、膜のようなものが張られていたからだ。
それは、次第に水色に近づいていく。
「“結集の火炎”!!」
一斉に声が聞こえた。
優輝は見よう見まねで、防御魔力を唱えた。
「“結界”!!」
炎は透明の壁に阻まれる。何とか成功したようだ。
「あれ、呪力が戻ってる……?」
スカイにも疑問だったようだ。
ナイトは完全に水色の繭に覆われてしまっている。
「これなら行ける…!」
「“Earth of break”!!」
男が叫んだ。
地面から衝撃が飛び散る。結界を破る唯一の場所だった。
ところが、優輝はその前に空へ飛び立っていた。
「スカイ! ナイトがどこにもいない!」
繭が消えていた。