10-2
「知っているか、プリンセス=ウィッチ。かの有名な『時のブラック・エンド』の残した“時間移動”の魔力は通常、自分の歩んだ道を辿り、回帰する効能を持つ。それはつまり、時間というよりは時空間上をなぞり、戻るのみ」
「何が言いたいの!」
「だが、エンドの残した“時間移動”には続きがある。今から見せよう、これが最強の魔力だ」
男は高々と手を挙げて、流れるように唱え始める。
結界に覆われた場所へは、どうにも行く事が出来なかった。あらゆる魔法官が魔力を放つが、全て跳ね返されるのみ。
「“流るる時に逆らえ。我は時の支配者なり。されば命ずる。時よ、我が意志に従え”」
その場にいた全員が沈黙した。
変化に気付いたのは、一人もいなかった。
男が消えたと思ったそのときには、すでに世界は書き換えられてしまっていたのだから。
「ユウキ」
声がかかる。
優輝はその声で目を覚ました。
自室だった。そうだ、今日から新学期だ。
学校へ行かなければならない。
「新学期早々テストがあるとか、そういうのは無いよな?」
「僕に訊かれましても」
「最も、優輝に勉強は関係ないと思うがな」
ははは、と笑いながら学校へ向かう。
始業式でもある、新学期。
日本でいえば、秋か。
教室のところどころで、夏休みの思い出を語り合ったりしているのが聞こえる。
「やあ、夏休みはいかがだったかな?」
工藤だった。
別名をあげれば、百夜のオメテオトル、といったはずだ。
「疲れた」
「それはごもっともだ」
にやりと笑った工藤は、すぐに自席へ戻っていった。
相変わらず真意が読めないやつだなあ。
ナイトとスカイは早くも読書に入っており、こいつらは他にすることないのかね。
例えば、他のチャオと仲良く戯れるとか—と考えて、その光景が想像出来なかった。
「おはよー、江口くーん」
「おはよう」
手入れされているのか、それとも地なのか、さらさらなポニーテールを揺らしてやってきたのは竜胆である。
やはり白い羽はなかった。
おかしいな……確かにあったはずなのだが。
訊こうと思ったが、竜胆は早々に女子の集団の中へ入っていってしまったので止めて置いた。
なぜだか、違和感がした。
あれ、この違和感はどこかで、と思いつつも、全く思い出せない。
何か思い出せそうだが、それがつかめない。
なんだ。
何かがおかしい。
俺は、何を忘れているんだ—?
「なあ、ナイト」
食堂でナイトらと昼食を取っているうちに、違和感が段々大きくなってきた。
意を決して、優輝は訊ねてみる事にした。
「俺、夏休み何やってたっけ?」
「僕たちと魔力の練習をしてたはずですが……」
「だよなあ。あれ、でも何か……」
「どうかしたのか」
スカイが訊ねてくる。
何かを忘れている気がするんだ。
何かを。
それが何だか、思い出せない。
いや—実は何も忘れていないのかもしれない。
そうだ。何かを忘れているとは限らないじゃないか。
その通りだ。
「そういえば今日は、マスター=マジシャンが帰国する日ではないですか?」
「あの怖そうな人か。あんま好きじゃないんだよなあ」
優輝が言う。
何かを心に引っかからせたまま、優輝は昼食ごとそれを飲み込んだ。
「では、学園祭も近づいてきたので、準備に取り掛かろうと思います」
クラスから歓声があがる。やる気のあるクラスだ。
ちなみに、優輝は何をやるか知らなかった。
転校する前に決められていたらしいが……
「あたしたちのクラスは、迷路をやるんだよー」
「そうなのか」
察した竜胆が小声で教えてくれた。
ナイトとスカイはお構いなしで読書を続けている。
「ただ、普通の迷路だとつまらないから、トラップとか仕掛けるらしいけど」
「参加者つらそうだな」
「えへへ、提案したのあたしなんだよー」
この女、すごい才能だな。
やっぱり、竜胆の背中に羽は無かった。
違和感の正体はこれか?
……やめよう、思い出せないことで悩むなんて下らな過ぎる。
結局この日は分担を決めたきり、下校となった。
早くて助かる。