09-2

「そろそろ夜明けだぞ。あれは見ないと損だ」
「わあ、綺麗……あの小さな星はなに?」
「明けの明星…だったっけ。金星だよ。あれ、水星? いや、金星だったような」
「どっち?」
「分からないけどどっちか」
夜明けの太陽をみながら、優輝は微笑していた。
今日から地獄の特訓が始まる。
繰越で多分今日からだろう。多分だ。
最も、悪い気はしない。



「明けの明星は金星ですよ。これは太陽と近い事から見られる現象ですね。夕刻を宵の明星、確かこちらでは夕星とも呼ばれていたはずでは? 地球と非常に似ている惑星でもあります。美しさから、ヴィーナス、アプロディーテなどとも呼ばれていますね」
「解説ありがとう。ほとんど分からなかったけどな」
朝六時。
生徒たちが眠たそうな顔で集合していた。
これから戻るところで、優輝は金星について、ナイトから講釈を受けていたのである。
スカイには全く理解できなかったようだが。
「それからもう一つ、石を投げると水面で跳ねるだろ? あれって、なんで?」
「…僕にはよく分かりませんが、慣性と回転から、水面を土台として水を切り、加速するのでは? そうすれば物理的には、水を反作用させ、進む事が出来ます。ですが水を切るたびに、石の回転は遅くなっていきますね」
「ああ、ナイトと俺の頭では作りが違うらしい」
「最もな話だが、ナイトと比べる事がすでに間違っている気がする」
スカイが言うと、優輝は確かにと頷いた。
教師が何か話している。どうやら帰るらしかった。
再びオレンジ色の空間。
そして落下感。
気がついたら、多目的室に戻っていた。



無事に解散し、今期の臨海学校は幕を閉じた。
優輝は早く帰って寝たかったが、どうやらそれはお天道様が許さないらしい。
というわけで、ナイトとスカイ、優輝そろって乙姫の後に続いていた。
「いーい? これから私の言う事、ちゃんと聞くのよ」
「分かりましたよ先生」
「よろしい」
どうやら地獄の特訓が開始されるようである。
さっそくかよ。寝不足なんだけど。



乙姫に連れてこられた場所は、やはりというか演習室…正式には魔力行使許可練習場という長ったらしい名前だった。
第一学年が臨海学校だったからか、それとも乙姫の工作か、貸切状態である。
「えー、こほん。今日は初授業ということで、魔力を使わずに練習を行います」
魔力を使わずに? と首を傾げたのは優輝だ。
ナイトとスカイは読書をせずに、乙姫の言う事に耳を傾けている。
「魔力を使って戦闘を行う場合、呪力が必要です。この呪力は温存するもよし、使って短期決戦するもよし、でも、あなたの場合温存しておいた方がいいわ」
「なんで?」
「襲撃がその一度、とは限らないから」
ああ、確かに。そう呟いて優輝は頷いた。
「以上の理由から、魔力をあまり使わずに相手の呪力だけを消費する事が求められるわ。というわけで、」かららん、と木刀を放り投げて、「これで練習よ」
まさに木刀も木刀、どこで手に入れたのだろうか。
手に取るとその重さにしばらく驚いて、何とか両手で握り締めた。
「本来の戦闘ではこれ一本で、補助の魔力を使って相手を翻弄すれば良いけど、今の優輝じゃ無理そうね」
「まあ、こんなの使ったこと無いからな」
「だから、ナイトとスカイで優輝を拘束しなさい。優輝は逃げる事。範囲はこの練習場全体」
改めて練習場を見回してみる。
ドームのような感じだ。客席があるのは何でだろう。
「時間は一時間」
「一時間も?」
「ええ。優輝は拘束されなければ勝ちよ」
よし、と木刀を片手で持ってみるが、意外と重くて動き辛かった。
「魔力は使っちゃだめよ。ナイトとスカイは自由に使いなさい」
「分かりました」
「了解した」
「はい、スタート」
こうして優輝の長い修行が始まった。



例によって始まって10分もしないうちに拘束された優輝である。
「もう、やる気あんの?」
「いや、さすがに無理」
「優輝は運動も勉強も平均レベルだからな」
とはスカイの弁。
「…じゃあ、仕方ないから魔力使って逃げなさい」
「分かった」
スタートと乙姫が言うと、優輝の姿は一瞬で消えた。



「…魔力の才能はあるのよねえ」
無事に一時間きっかり逃げ切った優輝は、得意げににやにや笑っていた。
もちろん、木刀は重たそうに持っているが。
「予定を変更して、まず剣術を覚えては?」
「剣術?」
「剣を使った魔力です。無論、この特訓では魔力を使わないことが求められますから、この場合は剣さばき、剣の技ということになりますね」
なるほど。確かにこの木刀は重たいし使いづらい。
「分かったわ。じゃあ、私が相手になるからあんたらで優輝にアドバイスして」
「というか優輝、構えから違うぞ。もう少し下の方を持て」
「あ、ああ」
「乙姫に照準を付けて、手を伸ばし剣先が真上を向くようにしろ」
「こうか?」
「上出来だ」
ナイトが困ったような視線をスカイに向けている。
その視線は、「またか」という呆れの感情も混じっていた。
「行くわよ」
「おう」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第327号
ページ番号
29 / 51
この作品について
タイトル
魔法のサンクチュアリ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第286号
最終掲載
週刊チャオ第332号
連載期間
約10ヵ月26日