09-1
魔法のサンクチュアリ
なぜだか、ナイトとスカイが隣に歩いているのに、孤独感が溢れる。
それは静かな夜だからか、それとも自分の部屋に三人しかいないからかもしれない。
何なんだよ、本当に。
09
もし、これが嫉妬ってやつなんだとしたら、一切そんな感情は捨ててやる。
邪魔者以外なんでもない。
ああ、そうとも。
そんな感情、俺には必要ない。
-月-
温泉に浸かっていると、空の様子が良く分かる。
わざわざ誰もいない時間を見計らって、優輝はナイトらを連れて温泉まで来たのだが、これが静か過ぎて逆に落ち着かない。
仕方なく温泉に浸かって空を見つめている始末である。
「ナイトー、スカイー、起きてるかー」
「風呂で寝るわけ無いでしょう」
「起きている」
二者二様とはまさにこのことだな、と優輝は苦笑した。
まだ、空は雲に覆われている。
光は見えなかった。
温泉から上がってから、優輝は真っ先に自室へ向かった。
今日は早めに寝ようと考えたのだ。
ナイトとスカイも早めに寝てしまい、こいつらも疲れたんかなー、と考えているうちに段々眠くなってきた。
優輝はまだ生徒たちが起きている中、一人だけ眠りについた。
目が開いたのは、夜も更けた午前三時のころだった。
気持ちよく寝ていたにも関わらず、なぜか目が覚めたのだ。
不思議だ。
せっかくだからと、優輝は一人で部屋を後にした。
夜の海岸を散歩する。
夏だからなのか、それとも月が出ていないからか、ここは非常に暗い。
それでも、貝殻やらゴミやらは見える。
それらを避けつつ、優輝は海岸をゆっくりと歩いていた。
「おっ」
平らな石。
それを見つけた優輝は、すっと拾うと、海に向かって手首を捻り始めた。
体の動きもつけて、それを横回転させ、投げる。
石は水面を華麗に跳ねてゆき、やがて水の中にぽちゃんと落ちた。
「だめだな、前は16回行ったはずなのに。もう一回だ」
石を探して、平らな石を見つけては繰り返すが、なかなか16回行かなかった。
やり方を変えてみようと考え、下投げを試してみた。
即行で落ちた。
「……腕、落ちてるなあ」
二時間くらいやったろうか。まだ明るくなっていない。おかしい。しかしおかしいのはそちらではない。
何度やっても14回、15回を低迷している。
そうだ、と優輝の頭に名案が思い浮かべられたのと同時に、声がかかった。
「こんな夜更けに、なにやってるのよ」
声からすると、乙姫だ。
旅館の浴衣に身を包んでいるのが何とか見える。
「こっちのセリフだよ」
「あなたがいなかったから、探しに来たんじゃない」
「それはどうも。よく場所が分かったな」
「あなたが行きそうな場所、ここしかないからね」
どうやら暗がりの向こうの乙姫は笑っているようだった。
「なにやってるのよ」
「水切り」
「なにそれ」
「石をだな、こうやって」
平らな石を拾って、一回投げて見せた。
ひらめいた名案を使ったわけでもないのに、石は余裕で16回を突破し、18回目で落ちた。
あれ、と優輝は脱力する。
「面白そうね。私もやってみようかしら」
平らそうな石を拾うと、思いっきり振りかぶって投げる。
もちろん一回も跳ねることなく落ちた。
「あら?」
「違うよ。こう、横にスライドさせるようにだな」
優輝がやってみせると、乙姫はもう一度石を拾って投げた。
今度は3回くらい跳ねた。
「なんで跳ねるのかしら」
「よく分からないけど、ナイトに訊けば教えてくれると思うよ」
くすくすと笑い声が聞こえる。
なんだか、乙姫らしくない笑い方だった。
「乙姫?」
「なによ?」
「なんでもない」
「呼んだだけ?」
「そんなところ」
もう一度石を拾って、優輝は名案を使うために左手をすっと重ねた。
横回転に石を投げる。17回目、その跳ねる寸前に重ね、優輝は唱えた。
「“圧縮する風圧”」
勢いと回転を増した石が、もう17回、跳ねた。
ぽちゃんと水の音がする。
「魔力使ったらだめでしょう」
「どうせ見えないから大丈夫大丈夫」
「もうっ」
相変わらず自分のことは棚に上げる乙姫である。
「ねえ、優輝」
乙姫が近づいてきた。
「その、この間は助けてくれてありがとう。私、その、」
その言葉で、やっと優輝は理解した。
なるほど、簡単だったのだ。
ありがとう、そういわれたかった。
誰にでもなく、乙姫に。
「いいよ。へたれになったプリンセス=ウィッチを助けようとするのは俺くらいしかいないし」
「なんですって?」
「なんでもない」
「さっきからそればっかね」
「ほら、月だぜ月」
「え?」
「残念、今夜は雲が多いので月は見えません」
「騙したわね」
「でも、」
と、優輝は空を見上げて、流れる雲を見つめた。
今日もどうやら晴れそうだ。
まあ、自分たちは朝早くに戻ってしまうから、あまり関係ないが。
また来るとしたら、そのときはぜひとも乙姫にオヨギのスキルを会得させよう。
それがいい。
そうしよう。
それから、ナイトとスカイに月を見せてやるのも悪くない。魔法界には月が無いし。
「何笑ってるのよ?」
「いや」
何となく、いつか乙姫と再びここに来るのも悪くないかな、と思った。
なんて言葉は口に出来ないので心に閉まっておく。