08-2

その様子に変だなあ、と感じつつ、優輝はぼけーっとしていた。
確かにあんま泳ぎたくないよなあ、この天気じゃあ。
「乙姫は泳げませんから」
「ああ、泳げないのか」
「なっ、い、いいでしょ別に!」
「別にいいけど?」
何となく優輝の態度が素っ気無いような気がして、乙姫は拗ねたような顔になる。
「あなた、朝からどうしたの?」
「何もないよ」
「何かあったでしょう」
顔を近づけて言ってくる。わずかに引いて、「何もないって」と繰り返す。
事実、優輝本人にその自覚は無い。ただ、その理由に心当たりがないわけではなかった。
さきほど感じていた違和感は、常に隣に乙姫がいないことへの違和感。
不機嫌の理由は、乙姫に朝早く呼び出されたのにも関わらず即刻放り出された―というよりは、

乙姫と一緒にいられなかったからだろう。
まあ、本当に不機嫌だったらの話だが。
「何かあったなら言いなさいよね」
「ああ、何かあったら言うよ」
「……」
「それでは、泳ぎに行きましょうか」
「泳ぎに行くのか」
ナイトの提案にスカイが指摘した。
仕方ないなあ、と優輝はTシャツを脱いで置くと、てけてけと歩き出す。
「え、本当に泳ぎに行くの?」
「本当に泳げないわけじゃないよな?」
「ユウキ、プリンセスは本当に泳げないんですよ」
「マジでか。それは出来た話だな。料理以外にも苦手なものがあったとは」
「悪かったわね! 今日中に泳げるようになったげるわよ!」
「いや、無理しなくていいよ」
優輝とナイトとスカイ、その三人で海に向かっていってしまったので、仕方なく乙姫は付いて行った。
まあ、何とかなるわよね、と呟いて。



「きゃあああああああああ」
どうにもならなかった。
「なんでこんなにしょっぱいのよ。うー、冷たいー」
「というか現代において泳げないやつなんて初めて見たよ」
「こうなったら、勝負よ! 勝つまで帰らないんだから!」
「いや、明日朝には帰るよ」
口を尖らせて優輝を睨み、海を続いて睨む。
「浮き輪とやらを使ってはどうだ。あれは浮かぶのではないのか?」
人がだいぶ増えてきたからか、スカイもうきうきしている…わけではないようだ。
対してナイトは、ゆっくりと水に浮かんでいる。
「空気で浮かぶのは分かるけど、絶対あれひっくり返るわよ。間違いなくひっくり返るわ」
「ひっくり返らねえって」
海に浮かびながら優輝は砂浜で躊躇する乙姫を見ていた。
何だかなー、朝からすっきりとしないこの気分は何なのだろうか。
「乙姫には水を使えば勝てるって事が分かったよ」
「絶対泳げるようになってやるんだからー!」
水に飛び込んでは後ずさり、再び飛び込んでは逃げ去りと、それを繰り返していた。
上達の兆しさえ見えない。
見かねた優輝が、乙姫の腕を取ると思いっきり投げた。
その軽さにかなり驚いてから、とことこと海へ向かう。
「いやあああああああ」
「ほら、掴まれ」
水の中で乙姫に手を差し伸べると、意外と素直に手を取ってきた。
「浮かぶだろ? 簡単だよ、泳ぐのなんて。風呂入るのと変わらないし」
「まあ、乙姫は小さい頃におぼれた経験がありますから」
「何で知ってんのよ」
「逆に僕が訊きたいのだが、なぜ水でおぼれるのだ?」
「いろいろと事情があるんだろ」
「どんな事情よ。仕方ないじゃない」
「神は乙姫にオヨギのスキルを与えなかったという事ですね」
「パートナーにはオヨギタイプがぴったりだ」
「あんたらあ……」
くだらない事を話しているうちに、水深の深い、奥の方で水が弾けた。
それはもう天まで届くほど弾け飛んだものだから、全員そちらの方を向いた。
おそらく誰かが魔力を使ったのだろう。
「全く、何やってんの」
「どうでもいいけど、高波が来るから手を離さない様にしとけよ」
「波、ですか? 心地よい揺らぎですが……」
「いや、さっきの爆発でかなりの波が来てる」
見れば分かるだろ、と優輝が指し示すと、そこには津波とまではいかないが、おそらく人間三人分くらいの高さの波が見えた。
乙姫が優輝の手をぎゅっと握って腰を引かせる。
「まあ水だから大丈夫だと思うけ」
「いやあああああああああああ! 来ないでええええええええええ」



「全く、自分から魔力を使うなと言って置きながら」
赤い空を不思議がる生徒たちの傍らで、ナイトが言った。
あの高波は、乙姫の魔力―おそらく風の魔力で押し返してしまったらしい。
最も、何が起こったのか理解できたのはほんの数名で、ほとんどはちんぷんかんぷんだったため

実害はゼロ、ある意味奇跡だった。
「さて、疲れた事だし、早速旅館に帰ろうじゃないか」
スカイがそういってから、優輝は夕日が水平線に落ちるさまを見つめていた。
なんとなくだが、この夕日を見ていると、懐かしい気分になる。
世界中に自分ひとりになったように、そこが自分だけの場所になったように、風が吹く。
波の音が聞こえる。
静かな中に、はしゃぎ声が聞こえる。
何だろうな、この変な、どうにもならない気持ちは。
どうしてなんだろうな。
「……ああ、そうだな」
俺の声は、悲壮感に溢れていた。
なぜか自分でも分かった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第309号
ページ番号
27 / 51
この作品について
タイトル
魔法のサンクチュアリ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第286号
最終掲載
週刊チャオ第332号
連載期間
約10ヵ月26日