08-1
「暑い……非常に暑い……」
夏休み初日、朝七時。
旅館前にて準備を整えてから、生徒たちは集合していた。
魔法界に四季が無いためか、夏が一層暑く感じる。
「そんなに暑いですか?」
「そうでもないと思うが」
「暑いったら暑い」
だらだらと汗を流しながら、優輝は水着にTシャツと言う姿で脱力していた。
他の生徒も各々に水着に着替えているが、さすがにTシャツを着ているのは優輝だけだ。
全員そろったらしく、ぞろぞろと海岸へ歩いていく。
「暑い…来るんじゃなかった」
魔法のサンクチュアリ 08 -敵は海にあり-
太陽が万遍の笑みを浮かべる朝の海岸。
ちらほらと人を見かけるが、さすがに朝早いからだろうか、それほど混んではない。
注意事項を説明された生徒たちは、グループを作って、あるいは一人で、海岸を散開する。
優輝はパラソルを即行で準備し、さらにシートを広げて、日陰を作った。
その陰にナイトとスカイが座ると、優輝もその隣に席を置いた。
「名づけて江口優輝エリアー」
「名前にセンスが無いな」
「暑すぎて考えられない」
他の生徒らは元気よく遊んでいる―と思ったが、そうでもなかった。
水に浸かるのが怖いのか躊躇している者、塩辛さに驚いている者、砂浜で寝転がる者もいる。
優輝はというと、どうやら母校の友人が来ていないようで安心した。
「これは絶対泳ぎたくないな」
「あれ、優輝くん?」
「竜胆さん」
口をへの字に曲げた優輝が声を出す。
水色のワンピース型水着に身を包んだ竜胆一碧だった。
「どうしたの、こんなところで?」
「いや、暑いからさ。ははは」
「でも、すごいね。なんていうの? 日傘?」
どうやらパラソルを指しているらしかったので、優輝は説明してやった。
「パラソルだよ。砂浜だとこれが基本だからね。あそこで貸し出してるよ」
「へー! すごいね、優輝くん。何で知ってるの?」
「いや、だって俺人間界から来たし」
「あ、そっか」
何かどっか抜けてるなあ、と優輝は思った。
背中から羽が生えているんだが、他の人はそれをなぜ気にしない。
もしや見えないのだろうか。初見にそんな事をいっていた気がする。
「ところで竜胆さん、羽って触れるの?」
「羽? 何の話?」
「あれ?」
竜胆の背中にあったはずの羽が消えていた。
気のせいか、ですまないのが優輝の特徴なのだが、このときばかりは動くのが面倒で、
「なんでもない」
で済ませた。
「それで、あの氷っていうひらひらしたのはなに?」
「カキ氷という氷菓子を売っている証拠ではありませんか?」
「よく知ってるな、ナイト」
「さきほど小さな子供が話しているのを小耳に挟みました」
「こおりがし?」
竜胆が純粋な微笑で首を傾げる。
んー、としばし考えた優輝が、案内するよと立ち上がった。
「ちょうど俺もカキ氷が久しぶりに食べたくなったし」
「美味しい?」
「たぶん、嫌いなやつはいないだろうなあ」
スカイとナイトを引き連れて、優輝は巨大な日陰の家へと赴いた。
「わあ、これ美味しいね!」
カキ氷を買った竜胆が言う。
ナイトとスカイも、黙々と食べているからには気に入ったのだろう。
まあ、暑いからな。
「だろ? それにしても、平和だなあ」
「平和ボケとは、良い度胸だな、セカンドミリオン」
透き通った声の男が、優輝の前に現れる。
思わず警戒した優輝だが、ナイトの言葉で驚きに変わった。
「セラフィム・ロード?」
「鈴木修哉、今はそう名乗っている」
「竜胆さん、ちょっと向こう行っててくれるかな」
「んん? 良いけど…」
竜胆はクラスメイトの友人の元に向かい、バレーをやっていた。
鈴木修哉―そう名乗った男は、無愛想な表情で優輝の前にいた。
「それで、なぜあなたがここにいるんですか?」
「俺がどこにいようが勝手だろう」
「そうですが、僕が言いたいのはそういう事ではありません」
「何の任務でここにいるんだ、そう訊いているんだ」
スカイが受け継いで言った。優輝はいまだに違和感の中にいたため、話に集中するどころではなかったのである。
「強いて言えば、人間界に置ける魔法界の影響調査だ」
「つまり、人間界と魔法界を移動する力の存在をやつらも感知し、その“悪”が人間界に来ている可能性がある、と?」
「その通り」
さっきから淡々と喋る鈴木こと、熾天使セラフィム・ロード。
彼はどう見ても高校生にしか見えないが、もしかすると高校生ではないのかもしれなかった。
百夜のオメテオトル、熾天使セラフィム・ロード、プリンセス=ウィッチ。
今のところ出会った「とんでもない魔導師」は三人だが、残念な事に優輝は興味も無ければ知識も無かったため実感が無い。
「俺がここでであったのは偶然だ」
「なるほど。分かりました」
「あら、セラフィム・ロードが何の用かしら?」
溌剌とした声がして、優輝は振り向いた。
太陽に負けないほど輝く黒髪が見える。
「任務最中―最も、現在は余暇です」
「そ。ま、がんばりなさいな」
「分かりました」
鈴木はそのまま彼女に背を向けると、暗がりの海の家に向かっていった。
「乙姫、遅かったなあ」
「いろいろと下準備があったのよ」
パラソルの下に入ってきた乙姫は、はあ、と溜息をついた。
「泳ぎに行かないのか?」
「…っ、泳ぎに行かないと悪い?」
「そうでもないけど」