06-1

「メシア=フォース、スパイ容疑であなたを逮捕します」
朝起きた乙姫が最初に聞いた言葉は、絶望の代名詞だった。
「…理由を聞かせてもらいたいわね」
数人はいる執行人―通称魔法官は、一人としてその質問には答えなかった。
代わりに、自らの行動と彼女の運命だけを告げる。
「大監獄に幽閉するのみです。どうかご了承を」



 魔法のサンクチュアリ 06 -脱獄大作戦(前編)-



朝起きた優輝は、朝食を取った後に、学校へ行く。
この日も朝から何一つ変わらなかった。
珍しく学校へと行くのが楽しみになりつつある。これも誰かのお陰だろうか。
「さて、今日から練習開始ですよ。気を引き締めるようお願いします」
「え、マジで?」
前日に連絡を受けていたとはいえ、これほど早いとさすがに驚く。
優輝は昨日、あれだけの電撃を受けていながら、一日足らずで回復したらしい。
それだけ優輝の回復力は尋常ではなかった。
「まあ、頑張るよ」
異変は学校に到着してから起こった。



乙姫が休んでいる。
ここらでは「八島乙姫が学校に来ている」というだけで小さなパニックだったのに、乙姫が休んでいた。
しかも、クラスメイトはその件に全く気をかけていない。
「何かあったんでしょうか」
「竜胆さん」
隣席の女子に話しかける。
彼女は数名の女子と談笑中であり、そうであるにも関わらず優輝の話に耳を傾けた。
相変わらず背中に羽がある。
「なあに?」
「乙姫が休んでいる理由とか、知らない?」
「八島さん? 八島さんなら、投獄されたって聞いたよ」
投獄?
ナイトと顔を見合わせてから、優輝はさらに訊ねた。
「なんで?」
「スパイ容疑……だったかな。今朝、ニュースでやってたよね」
ニュース。
ニュースの報道にはテレビが必要なのだが、優輝の借家にはテレビが無かった。
慌てた優輝はありがとう、とだけ言うと、早々にナイトを連れて教室を去る。
「投獄って、つまり捕まったって事だよな?」
「そうですね。心当たりはありませんが…あのプリンセス=ウィッチがおとなしく捕まるとも思えません」
―あんたらに捕まるぐらいなら、一生逃亡生活をしてあげるわよ。そんな言葉が頭をよぎる。
ああ、乙姫なら言うだろうなあ。
「とりあえず、事情を聞きに、…って、誰に聞いたらいいんだ?」
「百夜のオメテオトル。恐らく、教室にいるはずです」
教室を飛び出したはいいものの―と、振り返って戻ろうとした優輝の前に、一人の男が通る。
「栢山さん!」
「おお、優輝。乙姫ちゃんが投獄されたって聞いて、ここまで来てみたんだが」
「俺もその話を聞きたかったんです。何で投獄されたんですか?」
噂だと…と話し始めながら、優輝と栢山は早足で乙姫の部屋へ向かった。
「メシア=フォースのスパイ容疑だそうだ」
「メシア=フォース?」
「世界最大のテロ組織ですよ。よもやセカンドミリオン目当てではないでしょうか」
優輝の隣を飛んでいるナイトが博識を披露する。
そうこう話しているうちに乙姫の部屋の前に着いたが、あいにくと部屋は鍵が閉まっていた。
「どうやら本当らしいな」
「乙姫がスパイなんてするはずがないんだ。なのに、何で捕まったんだ?」
「予想ですが、メシア=フォースの手のものでしょう。その者が分からなければ行動のしようがありませんが」
悔しそうに優輝は歯を食いしばる。
だが、と栢山は言った。
「あいつなら捕まる前に逃げる気がするんだがなあ」
「問題はそこです。プリンセス=ウィッチが逃げずにおとなしく捕まった。仮定ですが、それほど相手が大人数だったか、それとも何かを人質に取られているか」
鋭いナイトが指摘する。その仮定に、栢山は一理あるとうなずいた。
ところが、この仮定は二つとも間違っていた。
そのことを知るのは、相当後の事だ。



栢山と別れた後、学校に戻るのも何なので、優輝はとぼとぼと家に帰っていた。
学校に鞄を忘れたが今となってはどうでもいい。
実のところ、優輝は秘かに魔力の練習とやらを楽しみにしていたのだ。
ただでさえ乙姫は美人である。加えて可愛い性格をしている。
楽しみにならないはずが無い。
「どうしたら良いんだろうな」
考えるが、答えは出てこない。
ナイトからも返事は無かった。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第301号&チャオ生誕9周年記念号
ページ番号
20 / 51
この作品について
タイトル
魔法のサンクチュアリ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第286号
最終掲載
週刊チャオ第332号
連載期間
約10ヵ月26日