05-3

かちっ、という音がして、男とチャオの契約は解ける。
「無駄な足掻きというやつか。まあ、仕事上問題は無い」
虚しい独り言だった。
優輝に向けて手を向けると、男の横を風の弾丸が通り過ぎる。
「それ以上、その子に近づいて見なさい」
「やってやろうか」
乙姫の方を向いて、しかし手だけは優輝の方向を向ける。
おそらく何か唱えようものなら優輝を盾にするつもりでいるのだろう。
「「“行動停止”!」」
男の両脇から声がした。
男の身動きは完全に封じられる。
驚き眼を開いている男だったが、時はすでに遅かった。
騒ぎをかけつけた者たちが集まっている。
圧倒的な戦力差でもあった。
「残念だったわね。そのチャオたち、あなたじゃなくて優輝の味方だったみたいよ」
最後のキャンセル・コントラクティによって、チャオと男の契約は解けた。
それが結果的に勝利へつながった。
「プリンセス=ウィッチか……もうじき、わが部下がここへと来る。昨日とは比べ者にならない数でな! 自らの弱さを―」
「それも残念だったわね」
勝ち誇った笑みを浮かべる乙姫。
「百夜のオメテオトルに勝てるほどの魔導師が、あなたの部下に存在するのかしら?」
「ぐっ…!」
悔しさに歯を食いしばる男。だが体自体が動かないので何も出来なかった。
「先手必勝よ」
華麗なウインクで、乙姫は笑った。



ところが打って変わって、男が連行されると、心配そうに駆けつける。
「優輝! 聞こえる!? 優輝!」
「プリンセス=ウィッチ、思考が麻痺しているだけです」
二匹のチャオのうち、一匹が言った。
どうやら彼はチャオからの人望があるらしい。
ある意味無敵の代名詞であった。
“キャンセル・コントラクティ”ひとつで数々の強豪と渡り合っていけるだろう。
なるほど、それを見越して工藤は“クロス・コントラクティ”にこだわっていたのか。
ほっと胸をなでおろす乙姫。
「…だめだった……勝てなかった。何でだよ……」
そんな呟きが、聞こえた。



目が覚めた。
あっさりと目が覚めた優輝は、まず自分が生きているか確認しようと思ったが、どうにも出来ず呆然とした。
とりあえずきょろきょろとする。
乙姫の部屋のようだ。ソファの横に例のプレゼントがある。
何とか助かったようだが……。
全く敵わなかった事に落胆した優輝は、じゃあ今までは何で勝ててきたんだろうと考えて、ああ油断なのか、油断されていたのかとさらに落胆した。
まあ、考えても仕方ない。問題はこれからどうするかなのだから。
「調子はどうですか」
後ろから声がかかって、思わず飛び起きる。
ナイトだった。
「ああ、大丈夫だよ。というか俺、寝てばっかりいるな、ここんとこ」
「仕方ありません。あれだけ警戒を注進したにも関わらず不意打ちを食らったのですから」
何だか胸に刺さる言葉だった。
「強くなればいいだけの話です」
「そう…そうだよな」
苦笑い。
ナイト=ノクターンは小さく溜息をつくと、てけてけと隣の部屋に歩いていってしまった。
「ちょっと! 起きたら挨拶くらいしなさいよ!」
代わりにうるさいのがやって来た。
「いやあ、ごめん」
あれだけ気をつけろといったのに、とかなんとかかんとかと愚痴を連ねた乙姫は、喋りつかれたのだろうか、ふうと大きな溜息をついた。
「とにかく、明日から魔力の練習開始よ」
「分かった。それはともかく、はい」
袋を渡す。あっけに取られたように、ぽかーんとしている乙姫。
「いつも世話になってるから、プレゼント」
微笑して言う。何だかこういうシチュエーションが今までになくて結構緊張する。
軽くほほを染めて、乙姫は受け取った。
許可も取らずに開ける。
「わあ…綺麗……」
満面の笑みもやっぱり綺麗だった。
宝石をあらゆる角度から見てから、乙姫は「つけて」と優輝に言った。
横へ上品に座った乙姫は髪の毛を払った。
何だか微妙だ。
何か良い匂いするなあ、とか、肌もすべすべだな、とか考えているうちに、ぱちっと音がした。
「似合う?」
かわいらしく首をかしげて言う乙姫の様子がいつもと違う事に気がつかなかった。
「似合うよ」
何気なく言ったが、乙姫は子供みたいに笑った。
それはもう、にっこりと。

隣の部屋で様子を盗み見ていたナイトは、契約者のだらし無さに思わず嘆息した。
全く持って女性の扱いがなっていない契約者である。



「そろそろかな」
女性の声が言った。
長い黒髪が癖一つ無く伸びている。
「楽しみだね」
誰と会話しているのかは分からなかった。
ただひとつ、気になる点を挙げれば―

その女性は、背中に白い翼が生えていた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第293号
ページ番号
19 / 51
この作品について
タイトル
魔法のサンクチュアリ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第286号
最終掲載
週刊チャオ第332号
連載期間
約10ヵ月26日