04-2

「僕にはそんな記憶はありません」
休み時間に訊ねてみると、そう答えが返ってきた。
それにしてもテストは簡単だった。これも俺の勉強の成果かな、はっはっは。
「嘘はよしてください。ほとんど僕が解いたじゃないですか」
「…だって分からんし」
はあ、と溜息をつくナイト。
横目でちらりと竜胆を見る。
今思ったが……この竜胆は、瞳の色がオレンジではない。黒である。
「優輝、解けたんでしょうね?」
「まあまあ」
乙姫の質問に生返事しつつ、優輝は疑問で頭がいっぱいだった。
頭が壊れそうだ。
元々考えるのはあんま得意じゃないのに。



期末考査中は四時間授業で終了した。
なぜだかフラフラとした足取りで優輝は出口に向かっていく。
「どうしました?」
「熱、出たかもしんない」
「風邪ですか」
淡々とナイトは乙姫を呼びつけると、事情を説明した。
ああ、何が起こっているんだ。
つまり、自分は土曜日に転校してきて……何をしたんだっけ。
まずい、曖昧になってきてる。
「ちょっと、大丈夫?」
乙姫の言葉で我に返る。
振り返ったら乙姫の顔が目の前にあった。
「いろいろ遭ったからかしら。とりあえず私のところ来なさい」
右手首を引っ張って行く。ナイトはその後ろからとことこと着いていった。



「風邪を治す魔力とかないの?」
例の社長室のようなところに連行されて、即刻ソファに寝かされた優輝はそう訊ねた。
「無いわよ。抵抗力を高める魔力、というのなら別だけど」
「それ使ってくれ」
「だめです」
腰に手を当てて、乙姫は言った。
「ナイトー、優輝がどこか行かないか見張っておいてちょうだい」
「分かりました」
そう言ったきり、乙姫はどこかへ出かけた。
ナイトは本をぱたんと閉じて、ソファの近くに寄ってくる。
「ユウキ、風邪が治り次第、魔力の練習をしますよ」
「なんで?」
「ユウキはセカンドミリオンとして狙われる可能性が多いです。本を持ったまま魔力を使用するのは危険すぎます」
その口調は淡々としていた。
だが、どこか優しかった。
「俺さ、間違った事してると思うか?」
優輝が突然に話し始める。
「チャオを支配するな、他の生き物を犠牲にしてまで生きたくない、って言ってるんだけど……結局、他の生き物を犠牲にしてるんだよな」
「犠牲と有効活用は違います」
察しの良いナイトが言った。
「問題なのは、有効活用された生物の分まで生きずに死を選ぶことです」
「……そっか」
優輝は右手を額に当てて目を瞑った。
まあ、余計な事を考えていても仕方ないよな。
全てを受け入れて生きていくしかないんだ。
それが俺の生き方なんだ。



話し声で目が覚めた。
「さすがに参ってるようですね」
「当然よね……かなり無理させたもの」
「本人が文句言ってないから良いのではないですか」
だいぶ楽になったようだった。
熱はまだ少しあると思うが、眠いというだけで身体の調子はそれほど悪くない。
「学年一斉の契約期を過ぎたら、ユウキの練習に付き合ってほしいのですが」
「私は構わないけど、優輝は嫌なんじゃないかしら」
「なぜです?」
少し言いにくそうに、乙姫は口を開いてごにょごにょという。
「だって私、男の子に好かれるような性格、してないし」
「十分してますよ。普段からあなたがそのような態度を取っていれば」
今度は照れたようにうつむく。
なんだか起きるのが照れくさくなってきたので、まだ寝ておこう。
…と思ったのだが。
「やあ、プリンセス。元気かい?」
「工藤じゃない。どうしたのよ?」
眼鏡をかけたクラスメイト…いかにもインテリそうなあの男が入ってきた。
似つかわしくない黒いマントを着ているのが薄目でわかる。
工藤、と呼ばれていた。
なかなか親しそうだ。
「転校生くんの様子がおかしかったものでね。どうかな、彼は?」
「芳しくなさそうね」
ナイトが興味深く工藤を見ている。確かにマントみたいなそれは変だもんな。
「一気に色んな事が起こったから、身体が混乱しているのだと思われます」
「おや、その声は……“夜想”のノクターンくんかい? 随分と丸くなったものだ」
「あなたもです。百夜のオメテオトル」
誰だろう、とわずか考えて、ああ確かすごい人だったっけ、と思い出す優輝。
どのくらいすごいのか実感の無い優輝は、寝たふりを続ける。
「彼の修行だがね、ぜひとも僕レベルまで育て上げてもらいたい」
「何であんたにそんな事を指図されなくちゃならないのよ」
「彼の魔力は実に芸術的だったよ。あれは使い方さえ覚えれば恐らく僕や君と並ぶはずだ。それに、セカンドミリオンの彼は様々な外道から狙われているだろう?」
実に爽やかな声で工藤は言う。
「そりゃあ強くなるわ。当然でしょ。あたしが監督するんだから。…それに、時間移動を一発で使ったらしいわ」
「知っている。栢山くんから聞いたよ。『本当に面白いやつだ』―だそうだ。さて、そろそろ寝たふりをしていないで起きたらどうかな、江口?」
はあ、と溜息をついて、優輝は半身を起き上がらせた。
「これでも病み上がり―」

このページについて
掲載号
週刊チャオ第290号
ページ番号
15 / 51
この作品について
タイトル
魔法のサンクチュアリ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第286号
最終掲載
週刊チャオ第332号
連載期間
約10ヵ月26日