04-1
背中に白い羽が生えている女の子。
どうやら彼女はこちらの事を知っているようだった。
一体全体、俺はいつ背中に羽の生えた女と知り合ったんだ。
しかもこのプリンセス=ウィッチの美貌とタメ張るくらいの美少女である。
気になるところといえば、瞳の色くらいであろうか。
オレンジ。
なぜ。
「良かったあ……一人じゃ心細かったの」
魔法のサンクチュアリ 04 -聖域-
「んー? どうしたのかな、江口君?」
「い、いや、というか、何で俺の事を」
妙に顔を近づけてくる。
「クラスメイトじゃない。酷いなあ、江口君」
「ご、ごめん。転校して来たばっかだから…」
「言い訳?」
悪戯っぽく笑う。
女の子の塊のような女の子だ。実にかわいらしい。
「と、とりあえず名前、というか、」
全く呂律が回らない。
「竜胆一碧(りんどう あおい)。出席番号38番」
「竜胆さん、か。それで、背中のそれは……」
「え?」
ぴくぴくと羽が動く。
「見えるの?」
「見えるというか、うん」
本当にクラスメイトなのだろうか。クラスにこんな子、いたっけ。
明るく笑ったその子は、にやっとした。
「教室では気付かなかったのに」
「え」
「あー、もしかしてあたしに気がついてないなあ?」
その通りだが、失礼なので曖昧にごまかす優輝。
ふう、と溜息をついた彼女は、ヘアバンドを外して、くるくると後ろで巻いた。
髪の毛が後ろで一括りされて初めて、その姿が誰だか認識した。
「隣の席の……」
「やっと気付いた?」
「でも、印象がすごく違うな」
何とか調子を取り戻した優輝が言う。
「というか、ここはどこなんだ?」
「時々、あたしがここに招待されるんだ。いつもはあたしだけなんだけど、今回は江口くんがいるみたい」
以前にも来たことがあるらしい。
「どうやって帰るんだ?」
「時間が経てば元に戻るよ」
その言葉を聞いて、優輝は安心した。
帰ることが出来るのかー、と。
しかし、その言葉に優輝は疑問を覚える。それだとしたら、ナイトの記憶違いに説明がつかないし、疑問はまだたくさんある。
「とりあえず、その後ろの羽は…教室ではそれ、無かったと思うんだけど」
「殆どの人には見られないの。物心ついたときから、背中にこれがあったんだ」
へえ、と優輝は思う。
「ところで、上ってくる途中で水色っぽいチャオに会わなかった?」
「見てないなあ」
おかしいな。降りるときに必ずすれ違うはずなのに。
竜胆がにやにや笑っているのを見ていて、何だ、と思っていると、突如身体が軽くなった。
「あれ?」
「時間みたい」
にこにこ笑う。
「じゃあ、教室行ったら声かけてね」
瞬きをした。
目が開いた。
「なん、なんだ?」
「どうかしましたか?」
元の家だった。時計を見ると授業開始時間の一時間前であった。
なんだったんだ。
まあ、教室に行けば分かる事だ。
「なんでもない」
教室に行くと、朝から騒がしかった。
黒板には『期末考査当日日程』と書かれている。殴り書きだったが、騒ぎの原因は別にあるようだった。
八島乙姫が登校している。
プリンセス=ウィッチが登校してきている。
しかも優輝の前の席で。
竜胆はまだきていないようだった。
「おはよう、乙姫」
「ん、おはよ」
眠たそうだった。
「寝不足か? 仕事?」
「違うわよ」
眉がつりあがる。拗ねたような表情。
生徒たちがそんな優輝の様子を見つめる。
小さく聞こえる会話だが、だいたい内容は似たようなものだった。
「さすが200万の男。八島さんと対等に話すことが出来るとは」
「そういえば乙姫。背中に羽が生えてるのって、異常?」
唐突に優輝が訊くと、乙姫はぼーっとした顔でうなずいた。
「それは人? だったら有り得ないでしょう。天使でも無い限りは」
「だよなあ」
昨日のはなにかの見間違いか、夢か。
優輝にとってはどっちでも良かった。
「それはそうと―」
「おはよ、江口くん」
「ああ、おはよう」
何気なく返した。
やっぱり羽があった。
竜胆一碧。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
乙姫が横目で睨んでくる。視線が痛い。
「ところで、竜胆さん」
「なぁに?」
「……やっぱ、なんでもない」
あれは、夢だったのだろうか。
それとも、現実だったのだろうか。
ともかく、ナイトに訊いてみよう。