03-2
影のつめで優輝を切り裂こうとするが、優輝は一瞬でぶれた。
男の背後、つまり最初に優輝がいた位置に移動したのだ。
「馬鹿な…何の魔力だ……そんな魔力、俺は知らないぞ!!」
「はははは……何の魔力かな…」
本当に分からなかった。
見ると、傷口の痛みが無いだけでなく、傷口そのものが消えている。
本もポケットの中に入っている。
「“W Shadow break”!!」
両手に影のつめを作り出して、男は切りつけてくる。
優輝は、わずかに動転したが、勝手にそこから風が放たれた。
そこ、というのは優輝を貫いた後ろから、という意味だが。
風の弾丸は男のつめを砕くと、男の腹を突き抜ける。
「かはっ……―何故だっ!!」
こっちが知りたいですよ。
「く、撤退す―」
「“パーフェクトサンダーブレイク”!!」
男に閃光が奔る。
栢山が大剣をくるくると回して、階段の場所に立っていた。
「栢山さん!」
「よう、優輝! 黒幕はこいつだな!」
「そうなんですけど、乙姫が帰ってこないんです」
「ん? なんだ、あいつなら地下に行くと言っていたぞ」
地下?
そこに、ナイトたちが?
「らしいな。俺たちも向かおうじゃないか、優輝! …どうした?」
「栢山さん」
変だな、と優輝は思った。
地下にいるとしたら、影の中枢は地下と言う事になる。
地下には確かに、ナイトたちがいるかもしれない。
だが、見張りもつけずに?
影は……ナイトたちを運ぶのに、地下まで行くのに、どこを中枢としていた。
塔の上のはフェイクで、本物は、地下……。
「いや、地上の影の制御には二つ必要……栢山さん、乙姫が!」
「んん? 乙姫ちゃんがどうしたんだ?」
「罠だと思うんです。すぐ助けに―」
「ぶはっはっはっは! プリンセス=ウィッチを助けに行こうとするなんてなあ、すげえな、お前ってやつは!」
栢山の言動の真意がつかめない。
砕けて言えば、わけが分からない。
「プリンセス=ウィッチこと八島乙姫ちゃんだがな、『眼光一秒千人壊滅』の通称の通り、天下無敵の強さを誇る最強の魔導師だぜ」
「眼光一秒…千人壊滅?」
それが本当だとしたら自分はどんな人間と会話していたというんだろう。
それほど恐ろしい人には見えなかったのだが。
「ほら、そろそろ帰ってくるぞ」
「ありがとうございます、プリンセス=ウィッチ」
ナイトが律儀にも地下で礼を言うと、それに続いて他のチャオたちも頭を下げた。
「別に良いのよ。幽閉されたのはこっちの不手際だし、優輝が……」
その後はごにょごにょとして聞き取れなかったが、乙姫は自分の任務を思い出したように顔をあげた。
「あっ! 優輝が!」
「ユウキがどうかしましたか?」
「大怪我してるのよ。痛覚麻痺を行っておいたから大丈夫でしょうけど、悪化するかもしれないわ! それに、あの影の男と……」
ぶわっ、と風が吹き荒れる。
チャオたちの身体が優しい風に包まれ、空中に浮いていく。
余談だが……。
地下はこれでもかというほど荒れていた。
よく街が陥没しなかったものだ。
「“Full winding”!」
乙姫たちは一瞬で消えた。
「うわあっ……」
空中にとてつもない数のチャオと、ナイトを抱えた乙姫が浮かんでいた。
塔の上と同じ高さで止まると、チャオを“風の船”から下ろしていく。
「さ、自分の家に帰りなさい。良いわね」
元気よく返事をしたチャオたちは、塔を降りていく。
最後にナイトと乙姫が降り立つ。
「優輝! 怪我は!?」
「とりあえず、何とかなったみたいだ」
にこりと笑って優輝は言った。
その傷があった場所を触りながら、乙姫は不審げな顔をする。
「何をしたの、あなた」
「時間移動、とか」
「……出来たの?」
拍子抜けたのは乙姫だけではなかったようだ。ナイトと栢山も優輝を見つめている。
「一応…」
「はっはっはっは! つくづく面白いやつだ!」
「全く。夜中だったからいいものの、時間移動は本来中央政府の公認行使権が無いと使用してはいけないことになっているんですよ」
「そうだったのか。これからは気をつける」
苦笑いしながら優輝は困ったように言う。
乙姫は溜息をついて、優輝を見た。
見れば見るほど、変な奴である。
「ナイト、出て行くときは俺に言っていけよな」
「次からは気をつけます」
「パクリかよ」
くすりと乙姫が笑うと、三人…もとい二人と一匹が彼女の方を向く。
注目されて戸惑った乙姫は、
「何?」
とだけ言った。
「いや、笑ったところなんて初めてみたから」
「すごいですね。かのプリンセス=ウィッチが『くすり』―」
「な、何よ。笑っちゃいけないみたいじゃない」
「はっはっはっは!」
夜の街に、栢山の大声が響いていた。
「というか乙姫、なんでキャミソール? 昨日はパジャマだったのに」
「な、変態! もう知らないっ!」
とことこと歩いていってしまう。
変な女の子だ。綺麗だけど。