02-1
7月1日の夜も更けたころ。
住宅街に入り込む影があった。その影は、すばやく要所を渡り歩いていく。
やがて目当てのものを見つけたのか、影は地面に吸い込まれるように消えた。
その出来事は誰も知らない。
やがて中央政府を訪ねる影があった。
住宅街を、円形の街全体を、影がうごめいた。
その出来事は、誰も知らない―はずだった。
魔法のサンクチュアリ 02 -戦いの仕方を教えてやろう-
疲れきった顔で寝る姿がある。
無理もない。転校初日から波乱万丈にも注目されたのだから。
その少年の隣では、夜も更けているに関わらず、読書をしているチャオの姿。
以前よりも若干水色っぽくなってきたそれは、異変を感じ取ったのか、窓の外を見た。
―助けて。
―誰か、助けて。
確かに聞こえた。
チャオは家から飛び出した。
翌朝の事である。
胸あたりまで落ちた黒髪と、絶世の美貌を持ち合わせる女性が、悩ましく伸びをした。
さて着替えよう、とでも思ったのか、明かりをつけて着替えを取り出そうとすると―
なにやら外が騒がしい。
なぜだろうか。
仕事は着替えてからにして欲しい。
ばたばたと音がして、女性はドアを凝視した。
ドアが思いっきり開く。
「たい、大変だ! ナイトがいないんだ!」
その少年も寝巻きだったが、生まれてこの方寝起きを人に見られた事のないその女性―八島乙姫はかなり動転して、手当たり次第ものを投げつける。
「痛っ、な、なに、なんだよ!?」
「さっさと出て行きなさいっ! いいから早く!」
思いっきり押し出す。
全く、デリカシーってものが分かってないんだから。
青いTシャツに、フレアスカートという比較的上品な格好で現れた乙姫は、優輝から情報を聞き出すと、手早く訊ねた。
「それで、朝起きたらナイトがいなくて、街中からほとんどチャオがいなくなっている、と」
うなずく優輝。
「チャオは呪力を保存する上で大切だから、狙われるのも訳ないわね」
「どうにか出来ないのか!?」
「いなくなったチャオたちがどこに行ったのか分からないと、ダメよ。後は、相手の行動を待つか……たぶん、全てのチャオを回収するために、今夜も来るでしょうし」
「…回収?」
一瞬ゴミ収集車を予想して、有り得ないと切り捨てる。
しかして迂闊だった。まさか寝ている間にいなくなっているとは。
「そういえば、乙姫は昨日の夜なにしてたんだ?」
いつの間にか丁寧語から普段の口調に変わっているのにも気にかけず、乙姫は言う。
「ね、寝てたわ」
「…そうか」
参ったなあ、と、優輝は力なくうな垂れた。
「相手の行動に準じて動くしかないなら、待つまでよ。どちらにしても、あなたは呪力が有り余ってるんだから」
「あ、そうだ。それなんだけど、200万って、本当なのか?」
ポケットからすっと手帳を取り出すと、ぱらぱらとページをめくる。
そこがベテランという感じで、思わず優輝は見惚れた。
「正確には215万8000。昨日の呪力消費で減った分と、チャオを助けた分を合わせて、元からプラス20になってるわ」
「普通の人はどのくらいあるんだ?」
「大体高校一年生一般人の平均が600ね」
約200万と600。まるで大富豪と小学生のお小遣いだ。
すごいのかどうなのか良く分からない優輝は、溜息をひとつ。
「じゃあ、夜まで待てばいいんだな。学校行って来る」
「学校? 今日は日曜日よ?」
どうやらその習慣は健在らしかった。良かった。
それにしても、だとしたら暇で仕方が無い。何をしていれば良いんだろう。
「魔力の練習でもすれば良いじゃない」
「ああ、良いよ。俺、センス無いし」
「私が手伝ってあげるわよ。ほら、行きましょう」
すたすたと歩いていく乙姫。
本当に美人だなあ、と改めて実感する優輝だった。
魔力の属性は六つ。火炎、水氷、風雲、電気、大地、物理。
昨日優輝が使ったのは火炎や物理の魔力らしい。
「基本的に最初は物理から始めるのが手っ取り早いわ」
ちなみに、練習場とやらがあったのでそこを借りている。
プリンセス=ウィッチの権限とやらで貸切状態だ。
「どの属性を使うかは、あなたが選びなさい」
「やっぱ、ファンタジーって言ったら装備整えたりしたいよなあ……」
「運動神経悪そうだし、遠距離攻撃出来るものの方が良いと思うわよ」
少しカチンと来た。
「運動神経悪くて悪かったな」
「インドア派、っていうのかしらね」
見てろよ。絶対強いところ見せてやる―と、頭の中だけで思った。
本を読んでいると、気になる記述があった。
「なあ、これって、どの属性?」
「空間魔力は私に言わせれば物理の一種よ。時空間なんてものは、計算式によって成り立つだけのものだから」
納得。
しかし、ほとんどが英語表記なのだが、頭の中に日本語が流れ込んでくる。
どういった仕組みなのだろうか。
「あのガキが何かしたんでしょ。そういう小細工、得意そうだもん」
「…だもん、だってよ」
「なっ、悪い!?」
結局、何も習得せずに一日が過ぎた。