00-3
「ダーク=カーリーと共にいればよかったものを…わざわざ自ら離別するとは、良い度胸だ!」
自分とあまり変わらない年齢の少年が、白い衣服に身を包んで優輝を指差した。
左手に見慣れぬ杖…を持っているのを見て、優輝は本当に別世界なんだな、と理解した。
余りにも、優輝には余裕がありすぎた。
それが、少年の精神を動揺させた。
「英語は読めますか?」
「無理」
苦笑して、優輝は答える。チャオも苦笑いだった。
「“環囲いの火炎”」
少年がそう言うと、優輝の回りに幻想ではない炎が湧き出た。
一撃で仕留めるつもりですね、そう判断したチャオは、すぐに行動に移る。
「“結集の火炎”!」
少年の右手に炎が集まっていくのと同時に、チャオの両手が光る。
「“物理変形”」
優輝が呆然と見ていると、火炎は突如として現れた壁に防がれたようだった。
ただし、湧き出た炎は依然そのままである。
「“結集の火炎”!」
壁で見えないが、声が聞こえた。次いで、壁に炎が弾ける。
正直に言って、優輝は恐れていた。まるで見た事もない力。まるで経験した事のない事態。
それら全てが優輝に敵対したように思えた。
「セカンドミリオン」
どうやら優輝の事を呼んだらしかった。
「あなたの力が必要です」
「でも俺、何も出来ない!」
「あなたの頭で考えてください。時間はありませんし余裕もありません。あなたが叫んだ言葉が力になります」
―少なくとも、僕はそう思ってます。そう続けた。
自分の頭で考えろと言われても……すべてを受け入れて生きていくとも。でも、だとしても、これはいくらなんでも急すぎる。
炎に強いのは何だ。水だ。昔のゲームでは地面とかでも効果は抜群だった。
手っ取り早いのは水、…いや、もっと言えば、炎の温度を下げてしまえば良いのだろうか。
「と、とりあえず、炎の温度を下げる……」
「気合を入れて、それを想定してください。一気に、この周囲一帯に力を向けて」
力なんて知らない。
けれど、やるしかない。その思いが、優輝を一歩踏み出させた。
「温度を下げる!! というか下がれええええええ!!」
無茶苦茶な叫びに答えるように、炎は凍った。
少年の両手に蓄積されていた炎も凍ってしまった。
「呪文(じゅぶん)すら唱えずに……!」
「こっ、これで、いい良いのか!?」
手の震えが止まらない。身体が勝手に振動している。
にこりと笑ったチャオは、「“行動停止”」と呟いた。
少年は憎まれ口を叩いて、大男に連行されていく。
騒ぎを聞きつけて来た職員か何かが、通報(?)してくれたらしい。
なんにせよありがたかった。
「炎の温度を下げる、なんて、普通に馬鹿ですね」
「何で?」
「炎は通常の場合、特定の気体を燃焼させてあのような形を取っています。水をかけて消えるのは、水が冷たいから、だけではありません」
何だかよく分からない話だったが、事態が収束して安堵していた優輝は熱心に聴いた。
「さきほど炎が完全に凍結したのは…、炎の中の発熱が届かない部分部分に水分が発生し、それらが増殖を繰り返した挙句、急速に冷えたため…でしょうか」
首を傾げるチャオ。
まあ何にせよ、無事で良かったなあ、と安堵する優輝である。
「俺は江口優輝。15歳だ。お前は?」
「ナイト=ノクターンです。誰が付けたのかは知りません」
「そうか。よろしくな。えっと、契約者?」
にやりと笑って、優輝は手を差し出した。
もちろん、ナイトの手は優輝の手に届かなかったが。
「なにやってんの。阿呆に見えるわよ」
あの綺麗な女性だった。
そういえば、自分は彼女にいろいろと言って、それで…と思い出した優輝は、慌てふためいた。
「す、すいませんでした」
「何がよ」
ちょっと拗ねている風に見えた。
「こっちこそ、悪かったわね。別に、チャオを支配したいと思ってる訳じゃないのよ。でも、その、私チャオに嫌われてるし、それしか出来そうに無いし……」
優輝から目線を逸らして捲くし立てた。
ナイトに目を向けると、この黒っぽいチャオは驚きに口を開けていた。
「俺は別に良いんですけど…それより、これから俺はどうすれば良いんですか?」
「あっ、そう、それね。まず、こちらにあなたの家が用意してあるから、そこに行ってもらう。食事とかは、お金があるから外食でも好きにしてくれたら良いわ」
「分かりました。それと、」
こういう時はどうやって訊いたら良いんだ、と思ってから、単刀直入に訊くことにした。
「名前はなんですか?」
「え、私の?」
他に誰がいるというんだろうか。
「や……こほん、八島乙姫よ」
「八島さんですね。覚えておきます」
「下の名前で構わないわ。あなたは重要人物だから、私と行動する事も多いと思うし…」
「あ、はい」
少し抵抗があったが構わない。
こうして、江口優輝は何とか魔法界の住人となったのだった。
乙姫と優輝が話している間、ナイトはずっと「あのプリンセス=ウィッチが謝罪……」と呟き続けていた。
やはり優輝には何を言っているのか理解しかねた。