00-2
帰る、と言ってはみたものの……。
ここがどこだか分からなければ意味が無いじゃないか!
と考えて、地団太を踏んでいる優輝だった。
正直、困った。窓も無ければ時計もなく、地図も無ければ方向感覚も無い。
廊下をしばらく歩いているうちに、優輝は脇に何かがあるのを見つけた。
「落し物か?」
分厚い本である。
何か手がかりがあるかもしれないと、優輝はその本をめくってみた。
一ページ目に、魔力の起源が記載されている。ぱらぱらと捲っていく内に、チャオについて、と題された項目を見つけた。
『チャオは頭の上の“保存機(コンサーヴァス)”に呪力を保存しておける。その呪力は休息と共に回復するため、人間にとって重要な機器となっている…』
何が人間にとって重要な機器だ、と優輝は思った。
生き物は機械じゃない。
もっと大切に扱うべきものだ。面白半分で遊ぶのは論外である。
そう考えて、それを元あった場所へ捨ててしまう。
その文章を読んで読む気力が失せた優輝は、最後のページに記された著者名に気付かなかった。すたすたと歩いていく彼の頭上から、やがて声が降り注いだ。
「お困りですか?」
「はい?」
どこから声がしたんだろう。疑問に思った優輝は慌てて見回す。
誰もいない、だが…優輝はあえて絨毯の裏や物陰も調べてみた。
おかしい、そう思った矢先、再び声がした。
「お困りですか? お困りならば『はい』、そうでないなら『いいえ』と答えてください」
「…はい」
「分かりました」
かささっ―そんな音だったと思う。
天井から黒みがかかった、例のチャオが降って来た。華麗に着地する。胸元の赤い三日月模様が目に入る。
「さきほど、プリンセス=ウィッチと共にいた者ですね」
「プリンセス?」
「名前は聞いていませんか。彼女がいないなら好都合です」
さきほど、というからにはあの綺麗な女性の事だろうか。
「ひょっとすると、セカンドミリオンではありませんか?」
「セカンドミリオン?」
「何も知らないところから察するに、正解らしいですね」
満足げにうなずくチャオ。
それにしても、不思議な生き物だな―そんな風に考えていると、唐突に身体が動かなくなってしまった。
なぜだろう。
呼吸は出来る。しかし、指先までぴくりとも動かせない。
まるで、何かに遮られているように……。
「ひゃんかふごはないんはへほ」
「静かに。喋らなくて良いです。おそらく、あなたを狙った犯行でしょう」
「ひゃんほう?」
「喋らなくて結構です。状況を鑑みるに、相手は一人。わざわざ“停止”の下級魔力で対応しているところから見て、距離は離れています」
突然演説を始めた。
優輝はというと、何がなんだか分からずに、一生懸命身体を動かそうと努力していた。
もちろん、全く動かないが。
「あなたは、セカンドミリオンですね。しかし、まだ魔力が使えない……契約はしなかったのですか?」
「誰がするか」
一瞬だけ口が動いて、再び動かなくなってしまう。
黒っぽいチャオは驚いたように口をあけると、元の無表情になって、言った。
「“ディレクト・コントラクティ”…あなたが拒否した一般的な契約です。これは効果が完全なのに加えて、そのチャオが寿命を迎えて亡くなっても、再び契約が可能なものです」
よく分からなかったがとりあえず頷こうとして、身体が動かない事を再認識する優輝。
「契約の中に、特に僕が気に入っているのがあります。“クロス・コントラクティ”、これは人間と意思疎通をするだけのもので、呪力の供給は無論ですが、契約間での信頼性が大事となります」
全然分からなかったが、とりあえず頷けないので何もしない優輝。
にやりと笑って、そのチャオは祈るように両手を合わせた。
「僕たちチャオのために怒りを覚える、あなたとなら契約しても良いと思います」
助かるなら何でもどうぞ、と思う優輝だった。
思った瞬間に身体の呪縛が解け、文字通り滑った。転びそうになるところで必死にバランスを取る。
「そろそろこちらへと相手が到着する兆候です。さて、心の準備はよろしいですか?」
「よく分からないけど、オッケー」
なぜだか、このチャオにならば全てを任せても良いように思えた。
そしてそれは、チャオにとっても同じであった。
「“Cross・Contracty”」
何が起こったのかわからないうちに、契約は終わった。
壁が吹き飛んだ。