00-1

燃え盛る太陽。赤い空。夏の接近を物語る空気の揺らめき。
一人の男性が、財布を落とした。男性は気付かずに歩いていく。
後ろから来た少年は、わざわざ走って、その財布を持ち主に届けた。
「落としましたよ」
「ああ、すまんな」
どこかで見た事のある顔。
少年は記憶を探ってみたが、この男性と会った事は無いはずだ。
誰だろう、と思案しているうちに、いつの間にか男性は消えていた。
これがきっかけで、少年の力は規定を超えた。
長い旅路の、最初の一歩とも言える。
ともかく、少年は歩き出した。



 魔法のサンクチュアリ 00 



「入学願い…?」
帰宅するなり、ポストを覗き込んだ少年の第一声はそれだった。
一通の手紙。それを広げて読む。
文頭には、入学願いと綺麗な文字で書かれてあった。
それきり、何も書かれていない。
ぶわっ―音にしたらこんな感じの、風が吹いた。
少年が戸惑って辺りを見回す。同時に、少女がコンクリートの地面に着地した。
黒髪を胸辺りまですとんと落とした、綺麗な少女だった。
思わず見惚れて、ついでその少女が不機嫌そうな顔つきをしている事に気付く。
「あなたの呪力が規定数を越えたので、こちらの中央魔法第一高等学校に入学してもらうわ」
「はい?」
「生活保障とその他後始末は任せなさい。あなたは危険度Sクラスの最重要人物よ。私たちの元で保護するから」
状況が読めない少年は、身をわずかに退ける。
「何か質問は?」
「ぜん、全部良く分かりません」
「…詳しい事は行ってから説明するわよ。とりあえず、ここを離れましょう」
健康そうな白い肌…形容するとそんな感じの右手を差し伸べられて、少年は少し戸惑った。
穢れの一つ無い手。
恐る恐る、左手を重ねる。
「江口優輝くん、準備は良いかしら」
「準備て―そんなに突然っ」
急に落下感が全身を襲った。
悲鳴を上げながら、機械的な橙色の空間を落ちていく。
江口優輝、15歳の夏であった。



すとん。
足が地面に着く。どこかの社長室のようだが……。
ぜえぜえ言う優輝とは対照的に、少女は涼しい顔をしていた。
見れば、背丈は優輝とそう変わらない。
淡い青のドレスに身を包んでいるのが、とても似合っていて、優輝は「美人ってのはこういう人

のことを言うんだろうな」と認識した。
その柔らかそうな唇が開く。
「魔法、人間界の言葉で言うとそうなるわね。それを使うには善行を重ねないといけない。善行を重ねれば、呪力という力を使う際に必要な源が手に入れることが出来るわ」
「魔法ですか」
「正式には魔力よ。魔法とは法であって、本来の力の事は魔力と称しているの」
淡々と述べる。何だか仕事人って感じがした。
「あなたはそれが規定以上の数値となったから、悪用・暴発を防ぐためにもあなたをこちらで保護する必要があるのよ」
「そ、そうなんですか」
と言う事は―と、優輝は持ち前の飲み込みの早さを生かして理解した。
こっちでは魔法みたいな力がばんばん使えて、友人らとは別れることになりそうだが、口うるさい親から離れる事が出来る、と。
元の家に愛着が無いわけではないが……そうなってしまったのなら仕方が無い。
全てを受け入れて、生きていくんだ。
「分かりました」
「分かったの?」
自分で説明して、強引に引っ張って来たのは自分なのにも関わらず、彼女は驚いた。
まあ、付いて来た自分もどうかしていると思うが。
「それはいいとして、俺はどうすればいいんですか?」
「まず、呪力を固定して確保するために、チャオと契約してもらうわ」
「……分かりません」
本当に分からない固有名詞ばかりで困る。
「行けば分かるわ。ついてらっしゃい」



ほんの数分歩くと、大体この建物の構造が分かってきた。
宮殿のような形をしている。
廊下も高貴で、中世ヨーロッパにでも出てきそうな場所だった。
観察しているうちに、一つの扉の前に到着した。
「ここよ」
扉を開けて目に入ってきたのは、大自然そのものである。
他には、小さく色とりどりの生き物…なのか? が目に入ったが、どれも見た事がなかった。
「この中から気に入ったチャオを選んで、契約しなさい。そうすればチャオの意志が理解出来るから、それを感覚的に支配―」
「支配?」
目つきが変わる。
本人も無意識のうちに、彼は表情をゆがめていた。

「支配って、どういう事ですか? あいつら、生きてるんでしょう?」
「…そうよ。でも、支配する方法が一番完全で、何度でも出来るわ」
「あいつらの意志はどうなるんですか」
さきほどの優輝の態度とは打って変わっていた。
少女の顔が驚きに変わっていく。それは、見た事もない景色を見たそれと同じであった。
「俺は唐突に連れてこられましたが、何一つ文句を言ってません。俺は自分の意志で来た訳では無いし、別に構わない。ですが、あいつらは支配されたくないかもしれない。誰だって支配されるのは嫌に決まってます」
声が自然と強まる。
「あなたは分かってないわ。契約しないとあなたが―」
「俺は自分が生きるために犠牲を出すつもりはありません」
帰ります、そういって、優輝は少女を一人残して、去っていってしまった。

ただ一人、呆然と立つ少女は、チャオを羨ましげに見つめてから、大きく溜息をついた。

このページについて
掲載号
週刊チャオ第286号
ページ番号
2 / 51
この作品について
タイトル
魔法のサンクチュアリ
作者
ろっど(ロッド,DoorAurar)
初回掲載
週刊チャオ第286号
最終掲載
週刊チャオ第332号
連載期間
約10ヵ月26日