第1話 「記憶」
あのチャオが脱走してから数日後・・・。
「一体・・・。何処なんだ、ここは・・・。」
ふらふらと安定しない体を支えながらあのチャオは言った。
後ろを見ても、前を見ても砂漠・・・。日陰も無く、日光はそのまま当たってしまう。
元々脱走した時に飲み物は持っていないし、食料なんて殆ど食べてなかった。
「もう、限界だ・・・。」
目の前が眩み、意識は深い闇へと落ちていった・・・。
―・・・、俺の名前は一体何だ・・・。名も無いチャオなんて生きていいのだろうか・・・。
暗い闇の中で自分自身に問い掛ける。
仮の名前はペンダントに刻まれているディンと言う名。一番初めに見た物・・・。それは帝王だった。
ディンと言うチャオの記憶が回想していく・・・。目の前は茶色く、明らかに現実の世界ではない。
「此処は一体・・・?」
体をゆっくり起こすが、何と自分の体が透けている・・・!
しかも、砂漠ではない。覚えているあの記憶の中なのだろうか。
壁は機械で埋め尽くされて、データを送る音が聞こえる。天井は遥か上にあり、濃い灰色の空が見える。
ドアが開き、あの帝王が現れた・・・。黒いマントに覆い隠され、恐ろしい気迫が感じられた。
ディンは動こうとする物の、何かに縛られているかのように動けない。目の前には何ともう一人の自分が居た。
「ディンよ・・・やっと目覚めたか。どうだ、『また』捕まって同じ場所に居る心地は。」
重苦しく、低い声で帝王は話し掛ける。記憶の中に居るディンは、ゆっくりと顔をあげた。
「黙れ・・・。」
「黙れか。その口もいずれ利かなくなるだろう・・・。」
「お前に自律神経を奪われてたまるか!」
―自律神経・・・?一体何のことだ。
目の前に居る記憶のディンは、セイバーを腰から抜き、帝王に向けて構える。
「ほぉ・・・。俺にはオモチャ同然の物で勝とうと思っているのか。」
その言葉を聞かなかったかのように、ディンは踏み込んだ。
ビュジィン!
帝王の片腕にセイバーの刃が走り、その腕は地面に落ちた。
片腕を斬られた帝王は、斬られた腕を抑えながらディンを睨んだ。
「おのれ・・・、捕まった分際で・・・!ヒューマノイド!奴を殺せぇっ!」
次の瞬間には一体の人間型アンドロイドが出て来た。
「残念だったな!帝王!」
近くにあった扉に向かい、ディンは走り出す。
帝王は立ち止まり、ただ睨んでいるだけだった・・・。
其処から記憶が途切れ、白く眩しい光が辺りを包んだ・・・。
目を恐る恐る開けると、木で出来ている天井が見えた。
「俺は死んだのか・・・?」
起きようとするが、体が動かない。ベットに寝ているようだ。
「ダメだよ!2日も寝ていたんだから!」
明るい声がし、一人のチャオがディンに駆け寄ってきた。
背中には翼が生えている。どうやら飛行タイプのチャオらしい。
「お前は・・・?」
「ああ、僕の名前はクロマ。君の名前は?」
「俺はディン。しかし、どうして俺がベットに・・・?砂漠に居た筈だが・・・。」
「ん?僕が連れてきたんだよ、運良くね。じゃなきゃ干乾びてたよ。」
クロマが両手に持っていた食料を、ディンに渡した。
久々に温かい食事・・・。今までは素朴な物しか食べていなかった。
急いで口に入れ、朝食はあっという間に無くなった。
「そう言えば・・・。君の腰に銃と剣があったけど、君は剣士なの?」
腰に巻いてある筈のベルトが、テーブルに置いてある。
「帝王からの脱走者さ。すぐに逃げないと・・・。」
体を動かそうとするが、やはり動かない。
「て、帝王!?良く逃げられたね・・・。」
「脱走者なんて、殆ど生きて帰っているんじゃないか?」
「それはデマ。君が初めてだよ。」
クロマは他に、ここの街にはチャオしか居ないだと言う事を教えてくれた。
今までに街の外に出て行ったチャオが帝王に捕まったと言うが、帰ってきたチャオは居ないと言う・・・。
「そうなのか・・・。奇跡だな、そりゃあ。」
「本当だよ、そうじゃなき・・・」
次の瞬間、遠い所で爆発音が聞こえた。
「まさか・・・、あのアンドロイドか!」
今まで動かなかった体が、不思議な事に自然に動いた。
ベルトをすぐに巻き、ドアを蹴飛ばしてディンは飛び出した・・・。