21話

丁度雨もあがり、太陽が主導権を取り戻した頃。
オフィスの一角にて、不機嫌そうに椅子にもたれかかる少女がいた。
何があったのかはこのオフィス内の人間は知らない。
しかし彼女から発せられる並々ならぬ気配が人の第六感を刺激する。

(今は触れないほうがいい…)
それが彼らの結論だ。


少女は体勢を変えながらも、不満の声を上げる。
テーブルによたれかかったり、肘ついたりと様々だ。
しかしどれも今の気持ちを変えるまでには至らなかった。

「お疲れ様 アオイさん。」
「…先輩。」
ケーキとマグカップをテーブルに飾りながらねぎらいの言葉をかけてくれる。
アオイにとって彼女は、他の人とは違い特別な位置にあった。
自然とストレスが薄れていく。

「…どうだったの?お仕事の方は?」
「それが…特に何とも変わったところはないっていうか…」
「…ほんとに?」
「ほんと!別に普通だったから急いで帰ってきたって訳。」

とはいえ、実際銃口を突きつけられていた所を間一髪抜け出せたなんて口に出しても言えなかった。
適当にごまかしておいて、この件に携わるのはやめよう。
それがアオイの考えであった。

そして、彼女の先輩もとくに気にしている素振りは見せていない。
だからこの策は成功するという確信があった。
後はどのようにして話題を変えるか。
そんな時だった。

「あら?フォーク忘れてるわね。取ってくるわ。」

そう言うと彼女自身からその話題から逸れてくれるきっかけをつくってくれた。
もうこうなったらこっちのもの。
アオイはマグカップに注がれている紅茶を飲み、ホッと胸を撫で下ろしていた。

その時だ。

「アオイちゃん! お客様が来てるよ」
「………お客?」

聞きなれない言葉だった。ここに勤めているのを知っているのはそういない。
見当もつかぬまま、そのお客を中に招く事とした。
紅茶をすすりながら。

「あっ!ではこちらに…」

そう言われて案内された客の姿を見て、アオイの動きは一瞬フリーズした。
そして相手が口を開いた。

「えっと…あんたがアオイ=エア=クォード?」
そう言われた時、マグカップの中の水面に波紋が生じた。
それだけじゃない。アオイの身体中にも電撃が走ったのだ。
その身の危険を知らせるショックはついさっきの忘れたかった事をすべて思い出させてくれた。


「な…なんであんたが……ここを…ってか!なんで名前まで!!」
慌てふためくアオイに対して男は冷静に【二枚のカード】を取り出して言った。

「まぁ社員証と定期券を落としてたら来てくださいって言っているようなもんだ。」
その指摘を受けてはじめてアオイは自分の財布の中身を確認した。
あるはずのものがそこにはなく、男の手元にある。
普通に考えても落とすわけがない。
ということは答えは明白だ。

「盗んだの!?」
「家で拾ったんだけどな。」
「盗んだんでしょ!!」
「不法侵入した奴が今更何を言うんだよ。」
「うっ…」
「ついでに言わせてもらえば、請求もそれなりに来ているから払ってもらいたい所なんだけどな。」
「仕方ないじゃない!!元々あんたが危なっかしい物持ってるかもなんて通告があったから!」
「危なっかしい物?」


「はいはいはいはい。ちょっとちょっと~いったい何の騒ぎ?」

誰も立ち入れない状況だったのを平然と断ち切り、話にはいってきた。
それなりに年端のいったおばさんは、手にフォークを握りやや笑いながら、その場を…
というより一人暴走してたアオイとやらをなだめている。
これがユウヤから見た状況だった。

「あらあらごめんなさいね。 であなたのお名前は?」


「…ユウヤだ。」

「・・・もしかしてお養父さんはハワードってお名前?」
!?
何故ここであいつの名前が出てくる。まさか・・・

「やっぱりそうなのね…」
ユウヤが一瞬で導き出した仮説に対して彼女は笑みを浮かべている。
怪しい…
そう警戒心を強めるユウヤに対してやさしく諭すように話しかけてきた。

「大丈夫。ちゃんと説明してあげるから。」
そう言って振返るや、何やらイソイソとしているようだ。
何をしているのか知りたくてたまらなかったがここからでは見えない。
丁度、おばさんの背中に隠れる感じだ。


「話だけってのも寂しいしケーキでもいかが?」

調子が狂うな・・・
と嫌気がさしながらもユウヤはそのケーキを受け取った。


「いただきま~す   おいしっ。」
とおばさんが呟く。
ユウヤもまたケーキを口にした。


—なるほど。
悪くはなかった。

このページについて
掲載日
2009年1月30日
ページ番号
27 / 31
この作品について
タイトル
Lord
作者
キナコ
初回掲載
週刊チャオ第319号
最終掲載
2009年5月12日
連載期間
約1年17日