20話

いつの間にかユウヤの身体はずぶ濡れだった。
傘の意味も、もはやなしてなんかいない。
ただこの警告に従って走っていただけだ。
周りを気にする事も、自分の事を気にかけてる事もなく。
走って、走って、ずぶ濡れて。
赤い光が警告している場所にユウヤは辿り着いた。


簡単な雨よけが二つ三つ中心にあって、それを囲むようにパトカーと警察官。
そしてその外を覆っているのは多数の野次馬だった。
遠くからは何の様子も見えない。
邪魔だ。どけ。

ユウヤはそう発しながら、人ごみをさっさと潜り抜けていく。


「すいません!関係者以外は立ち入り禁止です!!どいてください!」

関門となっているその警察官。
ユウヤのただならぬ気配を少し感じ取ったのか、彼に向けてこう言った。

「関係者の方ですか?」
やっと人込みを掻き分けて、その警察官の目の前に立った。
さっきからきょとんとしているそいつにユウヤは内ポケットからとりだしたものを見せつけた。

「CIAだ。差し障りのない程度でいいから事情を説明してくれ。」

「はっ!こちらへ。」
若干のどよめきが野次馬に生じたが、流石CIA。
国家直属の機関だけあって話が早く通る。
ただそれだけでは疑われる。何か適当な理由は…。

「しかしCIAは国内は管轄外では?」

「国外で暗躍しているテログループがこっちに渡ってきている可能性もある。はっきりと決まるまでは深入りしない。」

「はっ…わかりました。」

「それで、いったい何があった?」
こう言ったとたん、背筋に走る寒気が一層強くなった。
絶対この事とハワードは関係ない。
親父は何ともない!
ただの思い過ごしだ!!


「本日早朝、この道路脇に男性が倒れているのが発見されました。そして付近に銃痕が一箇所。」


「付近には食料品やお酒などの他、携帯電話が発見されました。」

「その携帯電話から身元は?」

「暗証番号がかけられている為、本部へ輸送してからでないと…」

「……わかった…。」


ユウヤは携帯を開いた。そして同時に遺留品を丁寧に扱っている担当の一人に視線を合わせた。
どうにも暗号解除をするための機材もろくになくお手上げ状態らしい。


ただ、ユウヤは自分の携帯電話の中のアドレス帳を開いた。
そこに記された名前と、電話番号。
その電話番号に通話ボタンを押した。


すると…


ブー! ブー! ブー! ブー…

「被害者の携帯が鳴りました!」

「貸せ! 俺が変わる!」
奥から出てきた刑事らしき人物がその携帯をとりあげた。


「もしもし。警察ですがあなたのお名前は…」

その声が目の前と、あわてて隠したポケットの奥から同時に聞こえてくる。
相手は気づいていない。まだ勝手に話を続けている。

「あなたが本来通話するはずの人は、今朝死亡が確認されています。」


嘘だ…嘘だろ…。
今。何ていった。


死亡?

そんな馬鹿なことが…

「あるわけねぇだろ…が…」
刹那。
世界が歪んでいく光景がユウヤには見えた。


「……ぃ……で…か? だ…じょ……ぶ…?」

「大丈夫ですか!?」

「ぁ…」
視界が定まった時、丁度車内ライトが目の前にあった。
ということは俺は…気を失ってたのか?
あんな人前で?

身体は意外にも軽くて今朝起きた時よりもスムーズに身体が動く。
感覚もいつになく敏感だ。
若干背中が濡れているのも、そのおかげか直ぐに気づいた。

「気を失われていたようですが大丈夫ですか?」

「……ちょっと立ちくらみしただけだ。」

「よければ救急車をお呼びしましょうか?」

「いい。それよりも…」
一拍おいて、周囲を見渡す。
どうやらパトカーの車内でいままで倒れていたらしい。
現場がここからありありと見える。

「この事件の犯人は捕まったのか?」

「いえ…現在捜査中で…」

「あれだけ派手にやってくれたんだ。重要証拠の一つや二つはもうとっくに出てきているはずだ。」

「それが…この雨で捜査が非常に困難となっているんです。」

「どういうことだよ」
捜査員と思しき一人は、外に視線を合わせながら、なおかつ気まずそうに説明した。
フロントガラスには水滴が無数に付いていて、その数は増えていくばかり。
水滴が付いたガラスの向こうには、今もあわただしく捜査は稼動している様だった。

「この雨で血痕は流されてしまい、目視レベルの証拠は見つかっておりません。」

「・・・・」
ユウヤは思考を展開する。


—外の様子は相変わらず雨模様。犯人はおそらくこの状況を狙ってやったんだろうな。
となると、ただの通り魔でも殺人鬼でもなく明確な目的があって殺した訳だ。

いったい何の為に?

ハワードは名目上としてはアメリカ陸軍中佐となっている。実際は別組織に入っているんだが…。
連中は…どこまで知っているかどうかだ。
ただ、どっちにしてもこの件は単純な殺人事件では済まないだろうな。

警察もそう簡単に犯人は突き止められないだろうし…。


「おい。」

「はっ…何でしょうか?」

「使われた銃火器の特定はできてるのか?」

「い・・いえ。現在手配中ですが…」
頼りない…でも好都合だ。

「一応手配の事だけど、俺の知り合いにいい腕持ってる奴いてさ。そいつにまかせたいんだ」

「は…はぁ。それは上に通してもらわないと・・・」
戸惑う捜査官。
当たり前の反応だ。ユウヤにだってこいつが下っ端の一人だという事は気づいていた。
当然、このまま要求が通るわけはない。
CIAの名前を全面的に押し出すか…

「これ 捜査令状。」

捜査員の眼がしきりに動き出した。
今、必死になって内容の記憶に追われているのは一目瞭然だ。
長ったらしく硬い文章だが文面はおおざっぱに記憶している。

政府から直接命を受けた当諜報員に特例をかしている、政府に連なる機関は協力を要請しろ。

って事。


「通してもらえる…よな?」


「わ・・・わかりました!!」


さてこっちの方は多分これでいい。
後はもう一方をなんとかしないとな…。

とりあえず車を降りたユウヤは財布から二枚とりだした。
この二枚が活路を見出してくれる。

まずは一枚目が記す所へと向かっていった。

このページについて
掲載日
2009年1月13日
ページ番号
26 / 31
この作品について
タイトル
Lord
作者
キナコ
初回掲載
週刊チャオ第319号
最終掲載
2009年5月12日
連載期間
約1年17日