19話

「…………ぁ…さか…」
テーブルの上にもたれかかるようにした状態で目を覚ました。
とても身体がダルい。しっかりと寝た感触は得られなかった。
それもそのはずだ。
何ていったって、あれから色々と話す予定だったんだから。
どのみちまた今回の仕事の事にも当然触れられる。
まだ完全に終わってない事を突かれるのはどうにも気分が悪い。

椅子から立ち上がってこのうっとうしい睡魔と気だるさを振り払う。
おぼつかない足取りで、かすかに外から入ってくる光源を目指す。
丁度カーテンとカーテンの微妙な隙間から、テーブルで寝ていた俺の顔にこの眩しいのが来てたんだろう。
閉めとくべきだったか・・・
そんな後悔は…要らないな・・・。

渾身の力で払うと、外には光が満ちていた。
そしてまた奇妙な事に、同時に水も満ちていた。

「狐の嫁入り…なんて珍しいな……」
晴れというよりもほとんど雨に近い。
穏やかそうな日光は仮初のもので、結構雨脚も強そうだ。


外出もまともにできそうにない。
その時ユウヤの頭の中で、ある人物の事を思い出していた。

昨日は来るとわざわざ伝えてきた位だ、ここから予定を変更するような人間じゃあない。
そしてまた…仕事明けの人間を用事に付き合わすなんて事を平然とやってのける人間だ。

それでも部屋を見渡したところで、寝る前と変わったような点は何一つ見当たらない。

よほどの急用でもできたんだろうな。
そう勝手に結論付けて、次はもう一つの問題にかからなければならない。
あれくらいの子どもは、もう起きている頃合だ。
この天候では家に居る事はわかりきっている事で、どう想像してもいいようにはなりそうもない。
ただ覚悟を決めて扉を開ける。

「パパ!お早う!!」
赤い髪をなびかせて駆け回るラシェル。TVの前から一直線に駆けてきてはベッドを飛んだりはねたりの大騒ぎ。
しかしそれ以上にパパという言葉に抵抗感を感じる。ただ受け止めるしかないのはわかってても気持ちが悪い。
それでも普通に挨拶を交わす。

「ゼルエルは?」

「あそこ」

部屋の隅っこで腰を下ろして何かに没頭中のゼルエル。
それを挨拶がてら確かめる。
「ゼルエル、おはよう。」

「…おはよう」

「何してる?」

「……本を読んでる。」
そう言って見せてくれた本のタイトルにはデカデカとこう書かれていた。
黒のカバーに金の字で書かれたそれはある種の威圧感さえ感じ取れる。
ただ呆気にとられながらユウヤはよんでいた。
「・・・・・広辞苑?」

「…棚にあったよ…」

そう言う棚の並び方はグッチャグッチャになっていた。
読みふけったのかも知れない。
参考書とか辞書とかばっかりだけど。


「…外は雨降ってるしお家の中で食べようと思うけど何か食べたいのある?」

「ハンバーガーがいい!!」

「ゼルエルは?」


「…………食べられたら何でもいい。」


「・・・・じゃあ買ってくるまでお留守番頼んだぞ。」


「はーい!!」 「………」


それから十数分経過してこの雨の中、傘を差して街へと移動するユウヤがいた。
相変わらずの雨脚。朝方と変わった所があるとすれば、日光も遮られて雨模様らしくなった事位だ。
行き交う人もまばらなもので、人の会話と走っている車等につい気が向いてしまう。

「さっき向こうで警察集まってたけど何があったんだろうな?」

「何にしてもこの辺りであれだけ警察が集まるなんて珍しいね、事件かな。」

そんな会話を耳にしながらユウヤの横を一台の車が通り過ぎる。
パトカーだ。赤いランプを輝かせて、ユウヤと同じ方向へ向かっていく。

「・・・ハワード?」
思わず呟いた。
何故だかわからない。けどこの凍りつく様な寒気が背筋を冷やしていく。
心音が異常に早く鳴っていて、口の中が乾いてくる。

昨日あいつは来るといっていた。
わざわざ電話もかけてきた。
なのに起きてもそこにいなかった。
そもそも電話をかけてきたのに…来ないわけが・・・。

まさか・・・・嘘に決まってる。
任務の事後処理に追われているだけだ。
忙しいだけだ。

そうだろっ? ハワード…いや…


そうなんだよなっ?


親父っ!

このページについて
掲載日
2009年1月13日
ページ番号
25 / 31
この作品について
タイトル
Lord
作者
キナコ
初回掲載
週刊チャオ第319号
最終掲載
2009年5月12日
連載期間
約1年17日